設立100周年を目前にしたベントレーが、新時代を見据えて世に送り出したモデル。果たして、その伝統は根底に息づいているのだろうか。
自分が幼かった頃の環境、通った学校や街並みが今もそこにあることが嬉しいという思いは歳を重ねるにつれ強くなるものだ。環境が変わらないことを快適と感じそのため変化に積極的に抗うことに長じている国の一つが英国であることは世界が認めるところであろう。
英国は巷間階級社会と呼ばれ、変化に抗い伝統や習慣を大切にするのはどちらかといえば上流の人達であるけれど、実は下層の労働者階級に至るも伝統や習慣を大切にする傾向が顕著なのがこの国の特徴で、つまり全国民レベルで古いものやしきたりが継承されている。英国の上流階級は、ある意味判りやすい。その服装、その持ち物、その立ち居振る舞い、その物言いからクラースが一目でわかってしまう。ではそれを真似ることも簡単かといえばこれが一筋縄で行くものではない。化けおおせたと思っていても、当の上流階級人士はもとより英国人であれば、いとも簡単に見破れてしまうものなのだ。新興の富裕層や英国内にルーツを持たない国外の金持ちにとっては甚だ居心地が悪い。
かつてはこの階級だけを顧客とする商人が多くありベントレーもその一つであった。WOが作る車は、上流階級の子弟が多く参加したベントレーボーイズによってルマンでの勝利を掴み、そのシャシーには上流階級の好みを熟知したヴァンデン・プラなどのコーチビルダーが優雅なボディを架装した。当時からベントレーはあくまでスポーツ/レーシングモデルであり、その位置付けはRRに吸収された後も変わらなかったが、2002年エリザベス女王の即位50周年記念としてベントレー・ステートリムジンが製作された時点で伝統の一つは終わったとも言える。
ベンテイガはベントレー社が設立100 周年を目前にして、これらベントレーの伝統を当たり前としてきた顧客に時代を示したモデルである。伝統的な顧客の好みや約束事は、それ以外の市場にとっては必要ないばかりか商品開発の足を引っ張る。世界中で一人勝ちの伸びを示し、今やパッセンジャーヴィークルの3台に1台というSUV は時代の要求でもある。ベンテイガが先行のW12で既に得ている素晴らしい評価は、しがらみから解き放たれ現在の実力をあますところなく発揮した結果とも言える。上流階級のしきたりを「高級のアイコン」として散りばめ、窮屈さなく上質に仕上げる手腕はさすがである。"アンダーステイトメント"な英国上流階級の様式を、おそらくはそれを理解しない他国のマーケットに説くよりも、今や英国を含む世界標準と言えるディマンドに合致する製品を伝統の技術で作る方が効果的でもあり時間の経済でもある。
己の年齢と環境から残念なことに「しがらみ」だらけのクルー・ベントレーを見慣れた目には、これがベントレーの伝統を継承しているのだと言われても目を白黒させるばかりだが、その醸し出すオーラは感じることができる。単に大きい、単に高性能、単に高額、でSUVを作ってみてもこのオーラは出てこないだろうから、やはりベントレーの伝統が為せる仕事なのだろう。
スペックの比較では先行のW12モデルに若干数字の劣るV8モデルだが、それはむしろ性格の違いと認識すべきだろう。アクセルを開けてガスを、いやペトロールを与えればドロドロドロと響きをたてて見事な加速を示すV8は、どこか懐かしささえ感じるアメリカンサウンド。これをしてスポーティさと表し、それをさらにわかりやすく表現した若干硬めのライディングはしかし、不快なハーシュネスは綺麗に一掃されている。
英国のベントレー・ドライバーズ・クラブは、ベントレーオーナーのクラブとして中心的存在であり、ショーファーの後ろで踏ん反り返るを潔しとしないことが真のベントレー乗りだとその名称が主張しているのだから、後席の印象を語るのは愚であるのだろうけれど、仕方なく後席にお座りいただく二人め以降のゲストのためにも、手を抜かない伝統はしっかり継承されていることをご報告しておきたいと思う。特に比較的立ち上げたシートバックはサポートも心地良く、寛ぎながらも姿勢がだらしなくなることを控えめに諌めてくれるし、そういう姿勢にあってもヘッドルームは充分で、またレッグルームも奥行き、幅ともに申し分ない。「ベントレーに収まる者たるや、常に世の木鐸を任じだらしのない振る舞いは夢々お控え願いたい...」とのメッセージであると諒解した。
文:小石原耕作(Ursus Page Makers) Words:Kosaku KOISHIHARA
ベントレー ベンテイガ V8
ボディサイズ:5150×1995×1755mm ホイールベース:2995mm 車重:2480kg
駆動方式:AWD 変速機:8段AT エンジン型式:4リッターV型8気筒ツインターボチャージド 排気量:3996cc
最高出力:550ps/404kW/6000rpm 最大トルク:770Nm/1960-4500rpm
本体価格:1994万6000円(税込)
ベントレーモーターズ:https://www.bentleymotors.jp/
2024.03.29
ランボルギーニ、その60年はV12と共にあり|60 Years of ...
ランボルギーニの起源にまつわる物語はよく知られている。イタリアン・エキゾティックの世界で新参者のフェルッチョが注目を集めるためには、フェラーリに匹敵するエンジンを持たねばならなかった。そこで彼は世界最 ...
2024.03.26
フェラーリのあるライフスタイルのために|Nicole Competiz ...
2024年2月にオープンした「Nicole Competizione プレオウンドショールーム & サービスセンター」は、総床面積4191㎡という広い建物に20台前後の認定中古車とレーシングフ ...
2024.03.27
クロノグラフを発明した天才、『ルイ・モネ』の時計|Louis Moin ...
自動車の歴史はスピードというもっともわかりやすい性能を競う歴史であり、そのスピードを数値化する計測の歴史でもある。その計測において、クロノグラフという機構がもたらした功績は計り知れないが、意外やルイ・ ...
2024.03.20
DSをキャンバスに!? 子どもも喜ぶ「ヴァンセンヌ旧車会2024年3月 ...
パリの東の要、ヴァンセンヌ城。その前の広場で毎月開かれるヴァンセンヌ旧車会定例ミーティング。今月3月は第二週日曜日に集まった。本来は第一日曜日だが、先週はパリ セミ マラソンが開催されそのコースの一部 ...
2024.03.18
連載:アナログ時代のクルマたち|Vol.22 ポルシェ908シリーズ
1968年にFIAはグループ6のスポーツカープロトタイプカテゴリーのレギュレーションを変更し、最大排気量を3リッターに定めた。この結果ポルシェはレギュレーション一杯の3リッターエンジンを開発することに ...
2024.03.22
ポルシェ新型パナメーラ海外試乗記|未体験の乗り味を実現した、驚きのサス ...
ポルシェの2023年のグローバル販売台数は32万221台と過去最高を記録している(ちなみに国内の新規登録台数も初の8000台超え)。もっとも売れているのがカイエン、続いてマカン。そして911、タイカン ...
2024.02.22
【追悼】マルチェロ・ガンディーニが若者に伝えたい大切なメッセージ|トリ ...
人生の恩師 マルチェロ・ガンディーニを偲んで…世界中のクルマ好きを魅了した天才デザイナーが2024年3月13日、永眠した。去る1月12日、トリノ工科大がマルチェロ・ガンディーニに機械工学 ...