気分は最高だ。シフトゲートが大きいので、長いギアレバーを1速に入れるには腕を伸ばす必要があるし、ペダルの踏み幅も同様に長いが、すべてがしっくりくる。レスポンスは穏やかで、エンジンは回転を上げずとも何食わぬ顔で太いトルクを発揮する。クラッチのエンゲージもソフトだからストールさせる心配もない。
ギアを上げていくと、穏やかだが生き生きと加速し始めた。1970年には、この手の車にしては焼け付くようなスピードに感じられたことだろう。やっかいなのはギアチェンジをきれいに決めることで、派手な音を立てずにトランスミッションを操るのは至難の業だ。
ロジャーがその理由を説明してくれた。「搭載するのはLT95ギアボックスで、トランスファーボックスを内蔵している。レンジローバー専用ではなく、私たちが同時期に取り組んでいた軍用車向けに設計されたものだ。7ℓくらいのエンジンと組み合わせることもでき、強度はあるが、洗練さには欠ける。ギアボックスのノイズについてはよく知られているけれど、実は音を立てているのはトランスファーボックスで、ギアボックスじゃない。最終的には修正できたが、それでもガタつきが気に入らないという顧客は多かった」
ロジャーが説明するトランスミッションのノイズは最初の数台で最も顕著だった。記者発表会で使われた広報車も同様で、差しあたり、ギアレバーに減衰器を取り付けて、レバーが伝達する音を抑えるしかなかった。それより大きな効果を発揮したのが、トランスミッショントンネルを覆う防音カーペットだった。
このカーペットがすべてを変えたのである。当初、R&D チーフのスペンサー・キングは、車内も水洗い可能にするよう指示していた。購入層として農夫を想定していたからだ。畑では四輪駆動を必要とし、時折この車で街にも出掛ける。その両方を叶えるため、車内にはカーペットではなくポリ塩化ビニールのマットが敷かれ、シートも実用的なビニール製だった。
ところが購入者が求めたのは、もっと高級感のある内装だった。もちろん当時は、その希望がやがて際限なく追求されることになるとは誰ひとり知る由もなかった。トランスミッショントンネルをカーペットで覆ったのは、あくまでもノイズを抑えるためだったが、これがその後の道筋をつけることになったのである。
ロジャーもこう証言する。「あれを境に私たちの道は決まった。購入を検討している顧客がトンネルを覆うカーペットを見れば、『それをフロアにも敷けないのか』と聞くに決まっている。製品計画部に上がってきたディーラーからのフィードバックも予想を裏付けるものだった」
ある高名な顧客によって、内装はさらに小さな変更を受けた。発表会を終えたばかりの開発チームに、レンジローバーを借用したいという女王陛下のご意向が伝えられたのだ。塗色はグリーンでなければならないというので、初期モデルの1台が急いで塗り替えられた。また、トランク内のツールはむき出しだったが、女王のコーギー犬になにかあってはならないので、クッション性のあるシートで覆った。この変更は市販モデルにも反映され、こうしてレンジローバーは単なる実用車からまだ見ぬ高級ユーティリティービークルへと、また一歩近づいたのである。
私たちが使ったレンジローバーも異なる仕様が混在しており、細かな変更が次々と行われたことをうかがわせる。その最たるものが、ビニールではなく柔らかなクロスで覆われた大型のシートだ。車は完全なオリジナルではなく、状態も完璧とはいえないが、ロジャーとマイケルにとっては旧友にも等しい。
マイケルは次のように振り返った。「私はこの車をメルボルンで何年も所有し、2008 年まで毎日使っていました。常にいい走りをしましたよ。クラブイベントには、これで1948年(ランドローバー)シリーズ1を牽引していきました。2008年にイギリスに移転した際には、しばらく友人に預けました」「家を買ってからこちらに輸送したのですが、その後ロジャーに説得されて、ランドローバーに売ることになりました。ロジャーは田舎を回って、状態のよい初期のレンジローバーを集めていたんです。2012年の新モデル発表会のためでした。この車はずっと働きづめで、大幅なケアを必要としていました。そこで、ダンズフォールド(ランドローバー・コレクション)に持ち込み、少しだけ手を加えて5台目のプロトタイプに見えるようにしました。そして気づいたときには、車と一緒にモロッコにいたんですよ」
そう、ロジャーはついにモロッコでレンジローバーの発表会を行ったのである。いまロジャーが走っている1970 年の試乗ルートは、上司のジェフ・ミラーが組み立てた。驚くことに、試乗ルートをエンジニアが決める時代があったのである。
編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words David Lillywhite
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