500馬力超のハイパフォーマンスカーとしては取り回しのしやすいコンパクトなサイズ。同じブランドの中で比べれば十分に手ごろと思える価格設定。そして本格的スポーツカーらしい2シーター。

.....しかし、ヴァンテージの魅力はもっと奥深いところにしっかりと用意されているのだ。



2018年6月17日。僕はル・マン24時間レースが開催されているフランスはサルテ・サーキットのフォード・シケインにいて、レースの行方はそっちのけで、目の前を通過していくマシンの姿を目で追うことに楽しみを見出していた。─なぜか。まず、闘う車は美しい。とりわけストリートを走るスポーツカーの中でも抜群に綺麗なシルエットを持つアストンマーティンは、無条件に美しい。

そしてもうひとつの理由は、"栄光のル・マン"を闘うのを応援するために足を運んだというのに、新しいレーシング・ヴァンテージはポディウムを争う位置からかなり遠いところにいた、という事実だった。2017年の劇的な逆転優勝という結果を受けてお仕置きのようなBoP(=バランス・オブ・パフォーマンス/性能調整)が課せられ、本来持ってるはずの速さを全く発揮できないでいたのだ。



そんなこんなでメゾン・ブランシュからの短いストレートを全開で突き進んできてブレーキング、そして左、右、また左と身を翻していくマシン達をボーッと眺めてたわけだが、ふと気がついた。新型ヴァンテージGTE、そのセクションでは速いのだ。

立ち上がりで置いていかれるところにパワーを絞られてるつらさが滲むけど、コーナーが続くこの区間は意外なほど速い。前を走る同じクラスのGTマシンに肉迫するどころか、上のクラスのLMP2にすら遜色がない。ブレーキングのときも、ターンに入っていくときも、車の姿勢がいい。解ってはいたのだけど、嬉しくなった。ストリートカーをベースにするGTレーサーは、基本、ベースになったストリートカーが持つ物理的な特性からは逃れられない。ストリートカーが曲がるのを得意とするなら、レーシングカーも同じなのである。

秋が深まる箱根のワインディングロードをヴァンテージで走りながら、僕はそんなことを思い出していた。ヴァンテージが日本の路上を走りはじめて、およそ半年。これで何度目かの箱根だったわけだが、相変わらずこの車で走るワインディングロードはこのうえなく気持ちいいし、素晴らしく楽しい。そしてドライバーがその気になりさえすれば、抜群に速い。それは確かな事実なのだ。

何しろ曲がる。よく曲がる。見るからに長いノーズは実に気持ちよくインを刺す。ほどよくシャープで、見事に素直。ステアリングを切ってフロントタイヤがコーナーの内側を向いた瞬間にはリアタイヤまで反応を開始するかのようで、かなり容易に狙ったラインへと乗せていける。

立ち上がりでアクセルペダルを踏んでいくと、行きたい方向へと気持ちよく加速していく。邪魔なアンダーステアなどに悩まされることなく、イメージどおりにコーナリングの一連を完了させられるのだ。先代のヴァンテージもハンドリング・カーだったけど、新しいヴァンテージはそれに輪をかけて素晴らしいハンドリングを持っている。絶賛したくなるほど気持ちいい。



おもしろいのは、パワートレーン系とシャシー系それぞれを独立して切り替えることのできる走行モードのシャシーの方を、"スポーツ" "スポーツプラス" "トラック" と順番に試していくと、そのたびに─実際にはそんなことがあるわけはないのだけど─まるでホイールベースが一段階ずつ短くなっていくかのように、車の動きが素早さとシャープさを増していく感覚があること。攻め込むようにして走ると、曲がる! という悦びが段階的に強くなっていくのだ。

"トラック" で頑張って走るとリアは少しスライドしてみせたりもするが、それも踏ん張るだけ踏ん張って、その後にジワッと滑りはじめる感じ。そんなときでも4つのタイヤがどんな状況にあるのかは身体にはっきりと伝わってくるし、ステアリングやペダルの操作に対する車の反応が素早く正確だから、修正するのに難儀したりすること
もない。

ヴァンテージにはブレーキをつまむトルクベクタリングや、瞬時にオープンから100%ロックまでをシームレスに切り替えてくれる新開発のEデフといった電子デバイスが備わっていて、一連の動きにはそうした"曲がる" という行為にまつわる制御系が巧みにアシストしてくれてるはず。

"はず" と曖昧な言い方しかできないのは、それがいつ働きはじめていつ解除されるのかが全く体感できないくらいに自然で、"乗せられてる" 感がないから。51 0 p s に685Nmを発揮するAMG由来の4リッターV8ツインターボは低回転域から強力なチカラを解き放ち、どこからでも弾けるような強烈な加速を提供してくれるわけだが、それほどのスーパー・スポーツカーが自分の意のままに動いてくれるという事実に、ドライバーとしてはただただ悦びを感じてしまう。

この日の箱根でも、初めてというわけでもないのにやっぱり僕は感激して、車と対峙することについつい没頭してしまった。ヴァンテージはそういう気持ちにさせてくれる車なのだ。

だけど……と思うところもある。ヴァンテージはどうやら、アストン史上で最も誤解されがちな車なんじゃないか?という懸念が僕の中にはあるのだ。ヴァンテージを走らせての最も感動的なところが走りに関するところだから、僕達メディアの人間はその鮮やかで印象深い部分をしっかり伝えたいと躍起になってきたわけだが、あまりにもそこに特化してしまったことが原因で誤解を生んでしまったのではないか? と。

この半年近くの間にいろいろな人と話をして、まるでヴァンテージが単なるスパルタンなスポーツカーであり、アストンマーティンの中の突然変異でもあるかのような捉え方をしてる人が少なからず存在していたことを知り、僕は違和感のようなものを感じていたのだ。


アストンマーティンは伝統的に、スポーツカーとしての運動性能とGTカーとしての快適性を高いところでバランスさせたフロント・エンジン+後輪駆動のラグジュアリーな車を作り続けてきた。それをまっすぐに受け継いだDB11に対し、ヴァンテージはさらにドライビング・プレジャーを追求したモデルとすべく、そのバランスを意図的に運動性能に寄せて開発されたモデルだ。

そして歴史を振り返ってみると、そもそも"ヴァンテージ" とは1950年代のDB2の時代に、エンジンのパワーを20%増しにするなどの高性能化が施されたモデルに冠されたネーミングで、以来、アストンのプロダクション・モデルのハイパフォーマンス・ヴァージョンに脈々と受け継がれてきたネーミングである。

先代のヴァンテージはその"ハイパフォーマンス" を軽やかな運動性能と抜群のハンドリングで表現し、DB9と並行して独立させたモデル。その正常進化形が現行のヴァンテージ、という正しいストーリーがある。少しも突飛ではないし、突然変異でも何でもない。新しいヴァンテージの抜群のパフォーマンスに感激し過ぎたせいか、そうしたキーとなるべき大切なお話を、世界中のメディアが伝え損なった。それほどまでにインパクトが強かったのだと思う。

その目線で眺めてみると、ヴァンテージのスタイリングにもアストンらしさが無数に隠れていることに気がつくはずだ。ノーズの長さに対するデッキの長さ、地面からショルダーラインまでの高さに対するそこからルーフまでの高さ、フロントウインドーの角度の対するリアウインドーの流れ方……などなど、あらゆるところにアストンマーティンならではの黄金比が隠されている。

正直に白状するなら、僕も最初は鋭く獰猛そうな顔つきや大胆なリアの造形に少し戸惑いはした。けれど見慣れた今は、かつての初代ヴィラージュを初めて見たときと同じくしなやかな雄々しさのようなものが感じられて、DB11のエレガンスと並行するアストンの魅力的なカタチなのだ、と素直に感じている。スタイリング・デザインは好き嫌いに左右されるものだけど、眺めてるうちに次第に惹かれていくデザインというのもあるのだ。

とりわけこの新型ヴァンテージのデビュー時に、世界中のメディアを飾った鮮やかなヴィタミン・カラーを"らしくない" と感じた人には、ダーク系のカラーをまとったヴァンテージの姿を御覧いただきたいとすら思う。装いで印象が全く異なる車でもあるのだ。



もうひとつ誤解を解いておくなら、ヴァンテージは決してスパルタン・スポーツカーなどではない。パフォーマンスを支えるために当然シャシーは締め上げられてるが、様々なところで"硬い" と評価されてきた乗り味は、その前に"アストンマーティンというブランドから想像して乗り込むと" という文言が追加されるべきであって、実際にはドイツ製の高性能スポーツカー達のそれと同じくらい、と考えていただいていいだろう。もちろん実用上、何ひとつ不都合なんかない。

それに加え、デビュー時に僕達メディアに供されたごく初期の生産直前プロトのような広報用車両と今回の完全に生産型となった広報用車両では、乗り味が異なっている。生産型の方がだいぶ洗練された乗り味で、箱根の往復でも首都高速の周回でも、硬さらしい硬さを意識することがなく拍子抜けしたほどだ。どこのメーカーでもよくある話だが、細かな改良の手が早い段階から絶え間なく入れられてる、ということなのだろう。

いうまでもないことだが、ヴァンテージはDB11とは異なる車である。DB11にはDB11の良さがあるが、ヴァンテージにもヴァンテージだけが持ちうる良さがある。そして、どちらも紛うことなきアストンマーティンなのだ。誤解の素を産みだしたひとりとして、アストン・ファンの皆さんに向け、その点を強く強く強調しておきたい。



アストンマーティン New VANTAGE
ボディサイズ:4465×1942x1273mm
ホイールベース: 2704mm
車重:1530kg
<駆動方式:FR
変速機:8段AT
エンジン型式:
V型8気筒DOHCツインターボ
排気量:3982cc
最大出力:375kW (510ps)/6000rpm 
最大トルク:685Nm/2000~5000rpm
本体価格:2011万8376円


文:嶋田智之 写真:神村聖 Words:Tomoyuki SHIMADA Photography:Satoshi KAMIMURA



アストンマーティン オリジナルの残価設定型ローン「アドバンテージローン」の詳細についてはこちらより。

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