進化した リシャール・ミル 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン

モータースポーツがカルチャーになる場として鈴鹿サウンド・オブ・エンジンが今年も進化した。
秋晴れの快晴に恵まれ、今年も60年代のスポーツレーシング・プロトタイプから70年代を中心とするフォーミュラ1、そして80~90年代を席巻したグループCカーまで、鈴鹿サウンド・オブ・エンジンには多数のモンスターマシンが集った。ハイエンドなエクストリーム・ウォッチとして知られるリシャール・ミルが冠スポンサーについて3回目、前年までの規模をさらに超える台数のモンスターマシンが集った。

というのも、プロドライバーたちに世界屈指のチャレンジングなテクニカル・サーキットとして評される鈴鹿は、ジェントルマン・ドライバーたちにとっても、一度は手持ちのヒストリックカーを全開で走らせてみたい、憧れのサーキットのひとつ。世界中のエンスージアストが憧れるイベントは他にも多々あるが、ヒストリックF1は集まってもグループCはないモナコ・ヒストリック、逆にF1が来ないル・マン・クラシック、F1もCカーも走るがIMSAマシンやスポーツツーリングカーのイメージが強いラグナセカ、同じくいずれも集まるもののコース自体は英国ローカルの域を出ないグッドウッドなど、いずれも得手不得手の分野がある。

その点、F1の初回開催は1987年とわりに新しいが、今も現役でFIA認定の国際格式コースで、グループCのレースで世界耐久選手権を含め国内外のチームが競い合った鈴鹿には、欧米の有名イベントと肩を並べられる世界有数のヒストリック・ミーティングとして、ポテンシャルを元より備えているのだ。





まず土曜の朝、イベントの口火を切ったのはFL500とヒストリック・フォーミュラといった、スポーツカーノーズや葉巻型のジュニア・フォーミュラのクラス。

続いて60sレーシング・マシンのクラスでは、ポルシェ904の中でもめずらしい8気筒の2Lを積む1966年式904/8GTSをはじめ、1963年式アルピーヌM63や1967年式フォードGT MkIIB、さらには日本製スポーツプロトタイプの先駆といえるコニ―リオやマクランサらが登場した。これら耐久をはじめスポーツカーレースで活躍した名車は、夕暮れ前の時間帯にも再びコースインし、白暮の中をライトオンで疾走する様は強い印象を残した。


1966年式904/8GTS


1963年式アルピーヌM63

他にも、1972年以前のレーシング・バイク30数台が走るモーターサイクル・ヘリテージでは、ノートン・ドミネーターやホンダのCR93、CB77ら、あるいはカワサキH2Rなどが、往年さながらの力走を見せた。
 
だが、やはり観客の注目度が高かったのは、グループCと、マスターズ・ヒストリック・フォーミュラ1のエキジビション・レースを含む2つのF1枠だ。とくに後者では、チェスターフィールド・カラーの1976年式マクラーレンM23や1977年式へスケス308E、1978年式のフィッティパルディF5Aなど、鈴鹿初お目見えのマシンが多数来日。他にもロータス勢が72から91まで、5台以上ものJPSカラーを並べるなど、ほとんど奇跡といえるスペクタクルを展開した。
フォードDFVを中心に往年のF1サウンドが轟く中、まさしくこのイベントならではの眼福だった。

 
1976年式マクラーレンM23

またグループCでは昨年も出走した日産R91CPやマツダ787B JSPC仕様に交じって、1993年式プジョー905が登場し、大きな注目を集めた。仕様こそ違えど、プジョー905は1992年のスポーツカー世界選手権の一戦だった鈴鹿1000㎞で、優勝しているのだ。

しかも、このクルマをフランスから持ち込んだオーナー兼ドライバーは、リシャール・ミルの共同経営者であるドミニク・ゲノ氏で、彼も50数台のヒストリックカーを所有する熱烈なエンスージアスト。鈴鹿を走るのは初めてだったという。


ドミニク・ゲノ氏のプジョー905

「土曜の午前中は3ラップぐらい周ったところだったかな、ステアリングのパワーアシストが失われて、ピットインしたらホースが破れていたことが判明したよ。ダッソーが作ったシャシーだからパイプもアルミメッシュのきわめて信頼性の高いものだから、めずらしいトラブルといえるね。これで130Rっていうのかい? ハードに攻められるかな」と、思った以上にアップダウンがありテクニカルで難しいサーキットだが、とても“ファン”なコースと認めたゲノ氏。

ちなみにジャン・トッドFIA会長の要請で、WECの競技委員長を務めることになったリシャール・ミル氏本人は今年、上海でのWEC最終戦が重なったため、残念ながら来日できなかった。過去のレーシングカーも現在のレギュレーション、そしてヒストリック・イベントに精通した彼は、もはや自社の枠組みを超えて忙しい人物なのだ。



(左)ミカ・ハッキネン氏 (右)ヨハン・ブレイク氏

とはいえリシャール・ミルのホスピタリティは、変わらずハイレベルなものだった。
スペシャルなゲストとして鈴鹿に姿を見せたミカ・ハッキネンの挨拶と記念撮影会の他、現在の陸上界で100m競技の金メダリスト最右翼とされるヨハン・ブレイクが姿を見せ、日本のリシャール・ミル・オーナーらとのひと時を楽しんだのだ。

このタイミングで「RM030」の新たな日本限定モデルも発表されたが、同時に完売となるなど、相変わらずの人気だった。オーナーたちにサーキット体験を提供しつつ、モータースポーツの裾野を広げる場として、鈴鹿サウンド・オブ・エンジンは今年も盛況のうちに幕を閉じたのだった。


文・写真:南陽一浩

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