アルファロメオを象徴するレースカー・ティーポ33/TT12を伝説のドライバー3人が試乗テスト

Photography: Tim Scott



バロッコで走らせる

様々な温度を示すメーターの針が上昇し始めると、メンテナンスを担当するティム・サムウェイズはエンジンルームのなかに半身を預けるようにしながら、それまでよりも力強くブリッピングし始めた。3ℓのフラット12エンジンは彼の指先の動きに敏感に反応し、回転を上げれば上げるほどより滑らかなサウンドを奏でる。にぎやかな騒音は姿を消し、サムウェイズの操作とぴったり呼吸をあわせて美しい歌声を響かせるようになったのだ。

シャシーナンバー" 008 " が与えられたこのマシンを貴重と表現するのは控えめすぎる。1974年のモンツァを制したのに続き、1975年の世界選手権で手にした7勝のうち、この1台だけで実に5勝を獲得していた。そしてまた、出入りの激しいアウトデルタのドライバーラインナップにおいて、このすべての栄冠に関わったのがメルツァリオだった。

オイルと冷却水が適温に達したところで、サムウェイズはいちばん最初に乗る私にうなずきかけた。私の役割はなにか。10数周を走ってマシンの感触を掴むとともに、幅広なスリックタイヤやスチール製のブレーキディスクをウォームアップさせて3人のレジェンドにマシンを引き渡すことにある。もっとも、これは皮肉な話だ。なにしろ、彼らは目をつぶってでもそんなことはできるのだから……。もっとも、彼らはこうした状況を楽しんでいるようにも見受けられる。「ヴァーイ、ヴァーイ、サム!("ヴァーイ"はイタリア語で「さあ、行け!」の意味)」 メルツァリオはそう言うと私をコクピットへと誘った。「とにかく、デレックには僕から話をしておくよ」と、意味ありげな笑顔を浮かべたメルツァリオは私にそう語りかけた。

レッグルームは、手足がひょろ長い私にぴったりの広さだった。ただし、ダッシュボードの位置が低すぎて、膝を高く、頭を低く構えた自分好みのドライビングポジションをとることができない。そこで私はややアップライト気味の姿勢で腰掛けると、シートベルトを強く締め上げてスタートの合図を待つことにした。

ドライバーの右側に配置されたシフトレバーには木製のノブが取り付けられている。驚いたことに、シフトストロークはかなり長めだ。いっぽうでクラッチペダルは軽く、操作は容易。スロットルペダルに足を載せ、初めてそれを踏み込んでみた。私の左耳近くに置かれたタワー状のエアインテークからは、すでにかなり大音量の吸気音が響き渡っている。それは勝利を称えるファンファーレにも聞こえるが、まるで雷鳴のような轟音である。

「最高出力はおよそ500馬力だね」 メルツァリオは事前にそう教えてくれた。「ただし、それはトップエンドに限った話だ」彼が言ったことは正しかった。8000rpm以下ではまったくといっていいほどパワーを生み出さず、9000rpmまでは「カムに乗る」こともない。「できれば10000rpm付近を保ってほしい」とサムウェイズ。「そしてシフトアップは11000rpmだ!」

目の前には2km近いストレートが延びていた。ここでサラブレッドを解き放ってみる。3速から4速、さらに短時間ながら5速にも入ったが、シフトアップするまでに長い時間を必要とするため、なんだか奇妙な気分になる。サムウェイズから聞いた回転数に関する話は間違いだろうとも思ったが、トルクバンドが広いとは言いがたく、レヴカウンターには11200rpm以上がレッドゾーンと記されている。そこで彼に教わったとおりにドライブしてみることにした。なるほど、エンジンのレスポンスは絶妙で、シフトアップするとごく狭いけれど極めて力強いパワーバンドの始まりまで見事に回転が落ちる。

エグゾーストサウンドは常軌を逸していた。フォルテッシモを奏でるオーケストラの音量は耳をつんざくほど大きい。全身は一分の隙もなくノイズによって包み込まれ、5速フラットアウトになると私の感覚は完全に麻痺するような錯覚に襲われた。TT12が製作された当時、最高速度は330km/hと発表されたが、いまもこの性能を備えていないと考える理由はどこにもない。気がつけば左、右と続くタイトなシケインが目前に迫っている。私は驚いて減速を始めたが、3段分のシフトダウンは容易ではなかった。

予想外にストロークが長いレバーをやや不器用に操りつつ、アペックスに向けてステアリングを切り込んだが、ギア比がいくぶん高すぎるようで、コーナー出口に向けてエンジンが思うように反応してくれない。ただし、明瞭にしなるシャシーのおかげでフロントの接地性は高く、リアタイヤもこれに見事に追従している。続くコーナーでも同様の挙動を示したため、進行方向を鋭く切り返すコーナーではねじり剛性の低いシャシーがむしろ好ましい役割を果たしているように思えた。このシャシーはパワーオンで軽いスクワットを示し、ターンインではフロントがわずかにロールする。低速コーナーでのバランスは良好で、まるでレーシングカートのようにシャープなレスポンスを見せる。TT12が1975年のタルガフローリオを制したのは当然だろう。

では、高速コーナーはどうか?シャシーのどこにもしなる部分がなく、車重はたったの670kgしかない。しかし、重量のほとんどはエンジンによって占められており、インディアナポリスによく似たバロッコのハイスピードコーナー(まるで永遠に続くかのように思える長いレフトハンダー)では進入で"振り子効果"を示すのではないかと心配になった。

編集翻訳:大谷達也 Transcreation: Tatsuya OTANI Words: Sam Hancock

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