このDB4 GTザガートは、全盛期のアストンマーティンを象徴する伝説的レーシングカーだ。つい最近、ヨーロッパのオークションでのイギリス車史上最高値を更新した車である。オークションの直前に、グッドウッドでドライブする幸運を得た。
落札額は1500万ポンドに達するともいわれていた。オークションを開催するボナムスはもっと慎重で、推定額を「1000万ポンド超」としていた。私はその数字を脳裏から消し去って、目の前の仕事に集中しようとした。しかし、せいぜい頭の片隅に追いやるのが精一杯。そのうちに現実感が希薄になってきた。 まるで幽体離脱したように、自分の姿を外から眺めている気分だ。あれは本当に自分の手足なのだろうか。本当に自分がグッドウッドで"2 VEV" をドライブしているのだろうか。ヨーロッパのオークションで史上最も高価なイギリス車になろうとしているあのレーシングカーを? いや、感慨に浸っている場合ではない。私は今、実際にそれに乗ってステアリングを握っているのだから。
ジム・クラークのように
2VEVで出走したドライバーの中で最も有名なのが、かのジム・クラークだ。そのDNA がステアリングのどこか奥深くに眠っていてもおかしくない。自分の手を置くのが罰当たりにさえ思えるが、仕方がない。そうこうするうちに走行写真の撮影は終わり、今やコース上には私と2 VEV だけになった。「急ぐよ」と私はボナムスのスタッフに約束した。午後には彼らが宣伝用の撮影を行うからだ。「でも、飛ばしすぎないから大丈夫」とも付け加えた。そして今、誰もいなくなったコースを1周して考えた。ここで戻るべきだろうか。与えられた仕事を果たしたといえるだろうか。走行を続ければリスクも高まる。何かが壊れたらどうする? いや、こんなチャンスは二度とないぞ…。
こうして私は次の周に入った。レーシングカーにしては"比較的"ゆったりしたペースで走る分には、2 VEVは実にフレンドリーかつ情熱的なマシンだ。ただし、限界に近づくと温和なキャラクターが影をひそめ始める。これには、ジム・クラークのように人間離れした才能の持ち主でさえ足をすくわれた。
この車は、ナンバープレートから" 2 VEV " と呼ばれ、アストンマーティンDB4 GTザガートの中でも最も広く知られている。特に有名なのは、1962年のグッドウッドTTで、4位を走行中のクラークが目を見張る角度でドリフトする写真だ。もう1枚有名なのが、ピットから出た直後にある高速のマジウィックでバリアに突っ込んでいる姿である。アストンの右サイドには、その時点までトップを走行していたジョン・サーティースのフェラーリ250 GTOがめり込んでいる。幸い2台とも修理を受けて復活した。だが、最初に2 VEVのナンバーを付けた車は、事故後に修理を受けられなかった。 その車は1961年に製造された。ジョン・オジェ率いるエセック・レーシング・ステーブルに納車され、1961年5月19日に2 VEVとして登録された(もう1台のザガートは" 1VEV ")。ちなみに、クラークがクラッシュした2 VEVは、1990年代にもクラッシュし、その際にアストンマーティンによってわずかな古艶を残しつつ完璧な姿にレストアされて今に至る。この現2 VEVは、最初にエセックスに納車された車と同じものとはいえないのである。
最初の2 VEVは、エイントリーで開催されたイギリスGPに出走すると、オーストラリア人のレックス・デイビソンが最終ラップにジャック・シアーズのクームスE タイプからリードを奪って優勝を飾った。1961 年のグッドウッドTT ではクラークがドライブし、ロイ・サルバドーリの1 VEV に次ぐ4 位だった。その後、エキップ・ナシオナル・ベルジに貸し出され、ルシアン・ビアンキが1962 年にスパでのレースに出走。ところがトップを走行中にクラッシュし、幸いビアンキに大きなケガはなかったものの、2VEVは全損となってしまった。
編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: John Simister
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