名車秘話|メルセデス540K スペシャル ロードスターが「スペシャル」と呼ぶにふさわしい理由

Photography:Mathieu Heurtault

2012年にペブルビーチで開催されたグディング社のオークションに、1台のメルセデス540Kスペシャルロードスターが掛けられ、注目を浴びるなか、1177万ドルの高額で落札された。その540Kには激動のストーリーが秘められていた。

スーパーチャージドメルセデスの頂点に立つスペシャルロードスター

それは、オークショニアのデイヴィッド・グディングが、老舗オークションハウスのクリスティーズで働いていた、1992年のことだった。

「ある金曜日の午後、コネチカットにいる弁護士から電話があり、故人となった方の財産のひとつだという古いメルセデスの話を始めました。電話の主はクルマには興味がなかったようで、古い、とても古いクルマだと繰り返しました。私どうせ1970年代のサルーンだろうと聞き流していたのですが、話を続けるうちに、サイドからパイプが出ていて、長いテールにタイヤが1本載っているというではないですか。これはたいへんな逸品に違いないと確信しました」

「もちろん、すぐに写真を送ってくれるように依頼しましたよ。その頃はインターネットがなかったから、ファックスで写真が届いたとき、そのクルマがスペシャルロードスターだとわかりました。ちょうど明日コネチカットに行く用事があったので、見せてもらう約束を取り付け、朝一番の飛行機に飛び乗ってグリニッジに向かったのです」

「古い倉庫の中で、ガラクタに埋もれてスペシャルロードスターが眠っていました。状態は、最近記録的な高値で落札されたメルセデス500Kよりずっと良かったですし、500Kではなく稀少な540Kで、さらに驚くべき歴史をもっていました。室内にはヨーロッパのすべての国の放送を聞くことのできるラジオを備えていましたが、私は初めて見るものでした」



グディングは次のペブルビーチ・オークションに向けてクルマを引き取ろうとしたが、故人の遺産管理人と、倉庫のオーナー間の法的な争いが起きていた。長い時間をかけて複雑な障害を取り除かなければならなかった。

29台のうちの1台の行方

スーパーチャージド・メルセデスの頂点に立つスペシャルロードスターは、“1930年代で最も素晴らしいモデル”と評される。ダイムラー・ベンツのジンデルフィンゲン工場で生産された540Kは435台に過ぎないが、このうちロードスターはたった29台しか造られず、そのすべてが“スペシャル”として認められたわけではない。標準型ロードスターが2万2000ライクスマルクであるのに対して、スペシャルロードスターは2万8000ライクスマルクであった。

ジンデルフィンゲンの設計部門を率いたヘルマン・アーレンスによると、スタンダード・ロードスターを購入する顧客は、標準的なカタログスペックで済ませるのに対して、スペシャルロードスターを購入する顧客はシャシーに至るまで細かく注文をつけることが多かったという。このクルマのラジオがその例だ。スタンダードモデルのウィンドシールドが平面なのに対して、スペシャルロードスターではVスクリーンになる。



倉庫の中で眠る540Kスペシャルロードスターが辿った道は、まさに波乱に満ちたものであった。1936年4月のある日、プロイセンの貴族、イネス・ジョセフィン・クラーセン・ヴィルヘルト・フォン・クリーガー男爵夫人が、ベルリン・クアフュルステンダム通りにある、ワールドチャンピオンのルドルフ・カラッチオラが経営するメルセデス・ベンツの代理店に立ち寄った。19歳になる息子、ヘニングのためにメルセデスを注文するためだった。この取引はダイムラー・ベンツ本社から夫人に当てた手紙で確認されている。そこには8000ライクスマルクの受領を確認したこと、もし残金を外貨で支払っていただけるなら、これと同等の金額を割引くと書かれている。その当時、ドイツ帝国にとって外貨収入は重要であったのだ。

Words:David burgess-Wise / Photography:Mathieu Heurtault 編集翻訳:渡辺千香子(CK Transcreations Ltd.) Transcreation: Chikako WATANABE (CK Transcreations Ltd.)

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