マセラティA6G2000ザガート|ロードゴーイング・レーシングカーとも呼ばれる稀有な存在

Photography:Matthew Howell

レースで育ったA6G54の到来は、マセラティ製ロードカーの新しい幕開けとなった。なかでもこのザガートボディを持つモデルは、現時でもマセラティの究極のグラントゥリスモである。

マセラティ・ロードカーの誕生

気品あふれるマセラティA6G54は60台ほどしか造られず、ザガートボディを架装しているのはその3割ほどしかなく、実物にお目にかかれる機会は非常に希だ。レースの遺伝子を引き継ぎながらも、A6G54はマセラティがロードカーメーカーへの転向を模索していて時代を象徴する存在であった。

マセラティにおけるA6G54の位置を知るするためには、まず、最初の50年間はモータースポーツに軸足を置いていたという足跡を振り返る必要がある。F1マシンを含めたコンペティションカーを販売することが同社の収入源であり、そのためにはレースで勝つマシーンを開発し、自らも出場して好成績を収める必要があった。1950年代は、こうしたマセラティが主要なレースプレーヤーであった最後の10年間であった。レースに多くのスポンサーシップが導入される1960年代後半までは、活動資金はパトロンからの援助によって賄う必要があった。マセラティの経済状況は常に困窮し、1937年に倒産しかけた会社を救ったのは、実業家のアドルフォ・オルシであった。自力で巨万の富を築いたオルシは、レースに勝つことは彼が所有する他の事業にも大きな宣伝効果があることを知っていた。だが、マセラティには自活することを望んだ。それが高性能な市販ロードカーのA6Gシリーズが登場することに繋がったのである。

ロードゴーイング・レーシングカー?

厳密には、それまでにもマセラティにもロードカーを造る試みは存在した。だが、 A6 1500として登場した6気筒1.5ℓエンジンではパワー不足が否めず、ピニン・ファリーナがデザインしたシックなボディもあまりスタイリッシュなものではなかった。1954年に2ℓエンジンを搭載した新しいA6G54シリーズを投入したことで、市場から一定の評価を得ることのできるロードカーが誕生した。

A6 1500の直列6気筒エンジンは、戦前にレースで実績を積んだ6CMユニットから派生したもので、排気量が 2 ℓまで増やされたA6G54ユニットはDOHCを用いて半球形燃焼室を得ていた。この最新の改良は、 A6GCMやA6GCSのF2用レーシングエンジンにも応用された。DOHCであることを象徴するカムカバーの中央にスパークプラグが並ぶ姿は、その後のマセラティのエンジンに受け継がれた。しかし、そのカムカバーの下を覗くと、これはレース仕様ではないことが理解できる。ヴィットリオ・ベレンターニによって、ロードエンジンに改装されたユニットには、ギア駆動のカムシャフトやヘアスプリングバルブなどは見当たらない。その代わりに、軽合金製シリンダーブロックとヘッドと、アルミ製のピストンを備え、クランクシャフトは7個のヴァンダービル製シンウォールベアリングで支持されていた。点火系はマグネトー式ではなく、シングルディストリビューターを使い、1本のシリンダーにつきシングルまたはツインプラグを採用した。吸気系はウェバー・キャブレターで、シングルチョークの36DO4またはツインチョークの40DCO3を備えた。

シャシーはレーシングスポーツカーからの派生型で、楕円形チューブを用いた強固なラダーフレームである。また、フロントのダブルウィッシュボーンは、コンペティションカーさながらに真鍮ブッシュを介してマウントしてある。リアは四分の一楕円リーフスプリングで吊ったリジッドアクスルであった。また、大径のフィン付きドラムブレーキもコンペティションカーからの流用であり、また不等長ステアリングアームを備えていた。

ボディはより美しく

同世代の希少なクルマと同様に顧客にとっては"見た目"が重要であったから、有名どころのカロッツェリアが腕を奮ってボディを架装した。ピエトロ・フルア、セラフィーノ・アレマーノはともに優れたデザインを用意し、ミラノに本拠を置くザガートは独自路線を貫き、クーペ以外にもスパイダーのデザインも行なった。

ここに紹介するシャシーナンバー"2107"は、1955年にザガート・ファクトリーで完成し、顧客のもとに送り出された。これ以降のモデルのデザインは、少し広がったリアホイールアーチを備え、リアウィンドーの位置が高めになるが、スタイルのバランスはこの初期型の方がよかった。


左・下/内装はいたってシンプルながらディテールが美しい。径の大きなウッドリム・ステアリングを備える。ザガートの特徴である丸みを帯びたルーフを持たないが、ヘッドルームは充分だ。

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編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:数賀山 まり Translation:Mari SUGAYAMA Words:Richard Heseltine

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