マセラティA6G2000ザガート|ロードゴーイング・レーシングカーとも呼ばれる稀有な存在

Photography:Matthew Howell



ザガートボディの4台目となるこのA6G54のスタイリングに欠点は見当たらない。プロポーションは洗練されて美しいが、実際に誰がデザインしたのかは、現在では不明だ。1950年代の同社を象徴する魅力的な気品と独自性を代表するモデルである。

A6G54ザガート"2107"は1955年9月のパリ・サロンで初公開され、アレマーノ製ボディを持つA6G54と、150Sレーシングスポーツカーと並んで展示された。このA6G54には、マセラティのパリ代理店からの注文で、標準型とは異なる車輌の全幅をカバーする幅の広い前後のバンパーが装備されていた。しかし、"軽量は速い"という持説は生かされ、ボディはアルミ製となり、さらに軽量化のためにウィンドーガラスにはプラスチックも使われた。

ザガートはこの手のクルマの顧客が公道走行だけでは飽きたらず、いずれレースに使いたくなるだろうと考えていた。彼らが求めたのは、週末には普段の正装をカジュアルな服装に着替え、ヘルメットを抱えたジェントルマン・ドライバーに最適なクルマだった。A6G54ザガートも例外でなく、1957年トゥールド・フランスなどのイベントなどにも参加した。

身をかがめて低い姿勢のクルマに乗り込むと、コクピットは殺風景だが、洒落っ気は失っていない。ウッドリムの大径ステアリングの前には、大径のスピードメーター類とレヴカウンターに加え、小径の各メーターとスイッチがランダムに配置されたボディと同色のダッシュボードが備わっている。

こざっぱりした内装だが、使用しないときには邪魔にならぬように納まったドアハンドルなど、随所にディテールを重視した美しさが快い。またドアフレームのアルミチャネルには、プラスチック製のエアロフォイルを設けるなど、全体的に美しいデザインにまとめられているが、それらには同じくザガートが手掛けたフィアット8Vやフィアット1100などと共通のテーマだ。

同時代のザガートデザインの特徴である丸みを帯びたルーフでも、ダブルバブルでもないが、車高が低いにもかかわらずヘッドルームは充分に確保され、ドアを閉めても圧迫感を覚えず、肘を充分に伸ばすスペースもある。しばらくすると非常に暑くなることを除けば、非常に魅力的な空間である。

イグニッションキーを回すと、トランクに備わった燃料ポンプから燃料を送り出す音が聞こえ、直列6気筒のツインカムエンジンがけたたましいメカニカルノイズを伴って目覚めた。排気音もそれと互角の音量なので、決して静かなクルマではないし、ボディのアルミパネルが薄いことが充分に想像がつく。走りだすと、ガソリンとオイルの"芳香"が車室内に満ち、やがて右足はトランスミッションの発熱を感じる。そして数kmも走ると、ステアリングの曖昧さにも気づかされる。おそれを感じるレベルではないが、デッドな印象を得るのだ。クルマを管理しているビル・マグラス社のアンディ・ヘイウッド氏によれば、シャシーはレースを念頭においたセッティングなので、スロットルワークを使ってクルマのバランスを取る必要があるのだろうという。慣れてくると非常に楽しめる。5000rpmまで上げると、ツインカム6気筒は活き活きとし、音色が変わる。エンジンは活発に回るので、それに応えてもう少し踏み込みたくなるが、ヘイウッド氏は、高回転を維持することは危険だという。なぜなら、このエンジンのアキレス腱はバルブステムにあり、これがカムシャフトやバルブガイドの早期摩耗に繋がるそうだ。

ファクトリーではトップスピードは200km/hだと謳うが、このパフォーマンスを引き出すギアボックスのでき映えは魅力だ。ほとんどのA6G54は自社製のトランスミッションを備えるが、マセラティの歴史研究者によると、このザガートボディにはZF製が搭載されていた。短いストロークでギアがセレクトでき、あまりにも心地よいので頻繁にシフトを繰り返したくなり、そのたびに直列6気筒の快い咆哮を楽しむことができるのは嬉しい。この"2107"のを保有するアメリカ人コレクターは、ミッレ・ミリアでそれを立派に実証したという。しかし、ブレーキはドラム式なので、注意深い調整が必要であることはいうまでもない。

A6G54のドライブは実に楽しい。レースへの傾倒はあまり強くなく、乗り心地も純粋のコンペティションカーようにスパルタンではないから、ドライブ後にマッサージ師の助けは必要ないだろう。このA6G54の美点は、エンスージャストがグラントゥリスモに求める要素、すなわちコンペティションカーとGTの中間に位置していることだろう。3500GTも優れたグラントゥリスモだが、A6G54はそれよりもコンペティションカーの血が濃く感じられる。これ以降、マセラティ同様なテイストのクルマを製造することはなくなってしまった。

A6G54ザガートは美しいボディを持ったグラントゥリスモでありながら、ウィークエンドドライバーのスポーツドライビングに耐える骨太な性格を併せ持つ、希有なマセラティなのである。


1955年マセラティA6G2000ザガート
エンジン形式:1985cc、直列6気筒、DOHC、ウェバー40DCO3キャブレター× 3基
最高出力:150bhp/6000rpm 最大トルク:15.5kgm/5000rpm(DIN)
変速機:前進4段MT、後輪駆動 ステアリング:ラック・ピニオン
サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、テレスコピック/ダンパー、スタビライザー
サスペンション(後):リジッドアクスル、1/4楕円リーフスプリング、テレスコピック・ダンパー、スタビライザー
ブレーキ:4輪ドラム 車重:840kg 最高速度:200km/h(公称値)

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編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:数賀山 まり Translation:Mari SUGAYAMA Words:Richard Heseltine

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