マセラティ・ギブリ SS|真に価値あるスーパーカーとして名乗りを上げる100周年記念モデル

マセラティ・ギブリ SS

歴史家によれば、1960年代に登場した多くのスーパーカーの中で真に価値あるのはフェラーリ・デイトナとランボルギーニ・ミウラの2台のみだという。しかし、実はマセラティ・ギブリのほうが優れているというのがリチャード・ハッセルタインの意見だ。マセラティの100周年を祝うのにギブリほどふさわしいモデルはない

プロジェクト"ティーポAM115"

ライバルとスペックを突き合わせて比べると、マセラティ・ギブリは不利だ。スピードではフェラーリ・デイトナにもランボルギーニ・ミウラにも及ばない。デイトナは、引き締まったテールと鋭いノーズで1960年代後半を飾るGTのエリート・ドラッグスターだし、サンターガタに拠点を置くライバルのミウラも引けを取らない。ハンドリングも優れている。一方ギブリは、外観こそ2台に匹敵していたかもしれないが、技術的に時代遅れで洗練されてもいないというのが、現代の批評家の見方だ。だが、マセラティが生んだ数々の偉大なグランツーリスモのなかでも、最後を飾るこのモデルほど人に夢を見させてくれる車はない。カムシンも一風変わったところに魅力があるし、フェラーリの息がかかった近年のモデルにもファンがついている。しかしギブリこそ、1937年からマセラティを率いてきたオルシ一族が認めた最後のモデルなのである。おまけに、派手だがリスキーなミウラと違って、ギブリは実際に"使える"車だった。売上げでも両ライバルを凌いでいる。

こうしてみると、どうしてギブリのほうが「追う立場」に見られていたのかと不思議になる。大きな声では言えないが、間違いなくこちらのほうが優れた車なのだ。その証拠が、完璧にレストアされたこの1971年モデルである。これを見てそそられない人がいるだろうか。

気がつけば、むせかえるようなセピア色の郷愁へと誘い込まれている。あるいは、この車で一足飛びに大陸を横断し、美しい伯爵夫人(未亡人ならなお良い)とのディナーの約束を果たすといった夢さえ浮かんでくる。目にしただけで、楽園はすぐそこという気分になるのだ。2大ライバルほど「時代の顔」然としていないところも、かえって魅力的である。

事実、発表当時はギブリのほうが劣るなどとは見られていなかった。話は50年代中盤までさかのぼるが、その頃マセラティの経営は火の車で、トップクラスのモータースポーツに参戦を続けられたのも、オルシグループが抱える数え切れないほどの事業のおかげだった。ところが、アルゼンチンのペロン政権にフライス盤を供給したことが大きな資金難の引き金となる。1955年にペロン大統領が失脚、アドルフォ・オルシの資金源に大きな穴が開いたのだ。そのあおりを受けたマセラティの事業も行き詰まる瀬戸際だったが、トンネルの出口に希望の光はあった。マセラティ初の量産車が誕生しようとしていたのである。真面目さが魅力の3500GTが1957年のジュネーブ・モーターショーで発表されると、すぐに顧客がついた。その後もマセラティは数々のモデルを生み出したが、シリンダーの数ではフェラーリや新興ランボルギーニの半分であったから、過去の栄光も風前の灯火だった。

こうした中で"ティーポAM115"プロジェクトに乗り出したマセラティのチーフエンジニア、ジュリオ・アルフィエリは、廃棄パーツを漁るところから始めた。幸いマセラティには、性能は折り紙付きというV8エンジンが存在したのである。50年代にスポーツカーレースで活躍したモンスターマシン450Sのエンジンで、これを元に、ギブリの4719cc、珠玉の4カムエンジンが誕生した。比較的おとなしい8.5:1の圧縮比、ウェーバー製キャブレター4基、バンク角90度のエンジンは、5500rpmで最高出力310bhpを誇った。ただしこれは公称値を信じればの話であり、トルクの数値は明らかにされていない。ドライサンプ方式のため、マルチチューブラー構造の低い位置にエンジンを配置でき、重心を低めに抑えられた。リアはリーフスプリング、ソールズベリ製アクスル、リミテッドスリップデフを採用。フロントは不等長のダブルウィッシュボーンである。

中身は最新技術でなかったかもしれないが、ギブリのシルエットは当代随一だった。ドライサンプ採用の副産物として、デザインを担当したジョルジェット・ジウジアーロは、ボンネットのラインを劇的に低くすることができたのである。まだ20代のジウジアーロがギア社に所属した短く、必ずしも円満ではなかった時期だった。当時のギアは、特に戦争直後、センスの良さに定評があったわけではなかったので、ギブリは画期的なデザインと映った。

1967年に生産に入るとすぐにギブリはメディアの賞賛の的となり、特に米国で高い評価を得た。『Car& Driver』誌は、「ボンネットの中は相当に古風なスーパーカーのものだが、かつてレースで活躍したこのエンジンは、ストップ・アンド・ゴーも懸念材料にならないところまで改良されている」と称えている。ところがマセラティは需要をはるかに低く見積もり、売上げ見込みをわずか100台に設定した。税込み9961ポンドという、このクラスでも最も高額なギブリだったが、ふたを開けてみればその人気はクラス最高だった。モデナの上層部はすぐに目標販売台数を400台に修正した。

とはいえ、スーパーカー・ビジネスにとって楽な時代ではなかった。安全性と排ガスの規制が厳しさを増し、イタリア国内では政治的な抗議活動が起きて派手な消費は悪と見なされていた。1968年、ついにオルシ家はマセラティをシトロエンに売却。その同じ年に、オープントップのギブリが誕生した。

美しいギブリ・スパイダー(社内では単にティーポAM115/Sと呼ばれた)は、この年のトリノ・モーターショーで発表されたが、サイドシルとトランスミッショントンネル周辺が補強された以外、実質的な変更はなかった。大部分はアメリカで販売され、4台のみが右ハンドルになって英国へ渡った。1969年からは、排気量を4930ccに増やした公称値330bhpのSSエディションが加わった。ただし、1年前から既にこの変更を施して数台が生産され、未来の歴史家を混乱させている。

ギブリの生産は1973年まで続き、オープンタイプを除いた総生産台数は1149台に上った。ちなみに、ランボルギーニ・ミウラは765台、フェラーリ・デイトナは1005台である。話を現代に戻すが、写真のギブリの価格は現在約25万ポンドだ。ミウラは言うまでもないが、現在のデイトナの価格にもいまだに及んでいない。これはおかしな話ではないか!



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--{ライバルを凌ぐ美しさ}--

ギブリの美しさはライバルと比べても引けを取らないし、それを凌ぐと言ってもいい。すっきりと整ったシルエットだが、味気ない感じはまったくない。先端に向けてすぼまった長いノーズ、広々としたガラスエリア、短いテール、まさに完璧なプロポーションだ。細部も見惚れるばかりの仕 MASERATI GHIBLI Authentic 上がりである。当時のジウジアーロは、尊敬を集めるデザイン界の巨匠へと一歩を踏み出したばかりだった。その後手がけたマセラティのボーラやメラクにも多くの魅力はあるものの、ギブリほど正鵠を射たデザインとは言えない。また、これほど堂々と快楽を礼賛した車もないだろう。特に写真の車は、いかにも60年代といった感じのグリーンで、内装は豪華なレザー、ホイールは幅の広いボルト留めのカンパニョーロ製だ。

乗り込むと、車内はエレガントで落ち着いた雰囲気である。運転席と助手席は巨大なトランスミッショントンネルで完全に分断されている。広々としたフロントガラスに、華奢なピラー。ダッシュボードには、黒地に白文字のメーターと幅広のスイッチが並ぶ。魅力的なウッドリムのステアリングは低めの配置で、位置調整はできず、速度計が部分的に隠れる。一方レブカウンターはというと、老舗らしく5500rpmで赤い線が引いてある(ハンドブックには6300rpmとあるが…)。頭上と左右の空間はたっぷりあり、ペダルレイアウトもゆったりしている。背後には大きなラゲッジスペースもあって、当時のスーパーカーにしては珍しく気配りのできた車だ。



イグニッションキーを4分の1だけ回し、 2基の電動燃料ポンプを起動、フロア固定のアクセルペダルを数回踏み込んでツインチョーク・ウェーバーをセットする。こうしてからキーを完全に回すと、轟音を上げてギブリに火が入った。今回の車は、特に生き生きとしたサウンドだ。なにしろ数十万ポンドを掛けて、マクグレース・マセラティ社のアンディ・ヘイウッドとそのチームに徹底的な修理を受けている。オーナーの希望は、このギブリを定期的に使い、時々コモ湖畔にある夏の別荘まで乗っていくことだそうで、あれほど素晴らしい人物でなければ嫌いになっているところだ。頻繁に使われていることは明らかで、こうした車につきものの仰々しさがない。油圧式クラッチは硬めだが、ミートポイントはよく調整されている。一方、ZF製5速ギアボックス(オプションでボルグワーナー製3速オートマもあり)はシフトチェンジも軽快でストロークも短めだ。

ノロノロ走るための車ではないし、渋滞にはまってイライラを発散するのもギブリらしくない。唯一期待にそぐわないのがローギアードのステアリングで、方向転換が始まるまでに相当切らなければならない。操縦性はどうかというと、最小回転半径が21.5フィート(約6.55m)だから、推して知るべしだ。

とは言え、ギブリの真の姿が見えてくるのは、開けた道路に出てからである。全長180インチ(約4.6m)で、11ガロン(約50ℓ)のタンク2つを満タンにしなくても車重は1600kg近いから、とても華奢とはいえない車だが、決して暴力的ではない。1000rpm当たり約45km/hに調整されており、たとえトップで500rpmからでも滑らかに加速し、実にゆったりとしたものだ。ただし、限界まで回転数を使い切ろうとすると話は変わる。3000rpmを超えるとエンジン音も切迫感も高まり始め、5000rpm以上ともなれば全開のレーシングカーの音だ。突如、イギリスの田舎道で騒音を上げているのではなく、ベテランのテストドライバー、グエリーノ・ベルトッキになって、モデナ-ボローニャ間のアウトストラーダでプロトタイプのシェイクダウンをしている気分になる。

当時マセラティは、ギブリの最高速を280km/hと謳っていた。イタリアメーカーはパフォーマンスに関する数値を「美化」しがちだから、これは良く言っても楽観的な数字だろう。ただ、1968年に『Motor』誌が行ったギブリのテスト走行で、ポール・フレールが256km/hを出し、さらに、0-60mph加速6.6秒という記録も残している。同時代のライバルほどのスピードではないかもしれないが、ギブリはその気になれば心底エキサイティングな車になるのだ。

さらに、コーナリングも期待を裏切らない。比較的ローギアードのボールナット式ステアリングは、低速では鈍く感じるが、速度が上がるとちょうど良い重さになる。ホイールからの振動がまったくなく、頻繁に修正する必要もない。ギブリは明らかにフロントヘビーだが、車重や古さの割に路上での振る舞いが上品だ。当時の記事には、無理をさせるとテールが少し落ち着かなくなるとあるが、よほど勇気があるか愚かでもなければ、テールを滑らせることなど思いもしないだろう。機敏な車とは言えないが、真のドライバーズカーらしく、自分にぴったりのサイズに縮んだかのような錯覚を覚える。イギリスによくあるでこぼこ道では、バンプでリアのリジッドアクスルが不安定に感じることもあるが、不安になるほどではなく、ベンチレーテッド・ディスクブレーキもよく効く。

だが、何と言ってもギブリを運転する真の楽しさは、風のような軽さにある。かつてのマセラティは威圧的でなく、足の長いハイパフォーマンスカーを作るコツを心得ていた。その好例がボーラで、1970年代のスーパーカーのなかでも高圧的な印象が最も薄い。ギブリなら、たとえ何時間運転しても、肩が凝ることも膝の裏がこわばることもない。ひどい大食漢にも関わらず、長距離を走りたくなってしまう車なのだ。

GTの存在意義は、ラップタイムではなく、そのパフォーマンスにこそあったはずだ。長距離ドライブの楽しさでは、さらに人気の高く、しかも高額なライバル車たちでさえ、マセラティ・ギブリには到底かなわないのである。


330bhpを誇るギブリのエンジンは、1950年代に活躍したレーシングカー450SのV8エンジンをベースにしている。開けた道路に出ると、すぐにその血筋があらわになるが、高速でも車の挙動は非常に優雅だ


1971年マセラティ・ギブリ SS
エンジン:4930cc、90度4カムV型8気筒、ウェーバー製42DCNFキャブレター×4基 最高出力: 330bhp/5500rpm
最大トルク:不明 変速機:前進5段ZF製MT+後退、リミテッドスリップデファレンシャル
ステアリング:ボールナット(オプションにZF製パワーアシストあり)
サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、アンチロールバー
サスペンション(後):リジッドアクスル、半楕円リーフスプリング、トルク・アーム、アンチロールバー
ブレーキ:4輪サーボアシスト付きベンチレーテッド・ディスク 車重: 1549kg 最高速度:280km/h(公称値)

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編集翻訳:堀江 史朗 Transcreation: Shiro HORIE原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA
Words: Richard Heseltine Photography: Mitch Pashavair

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