名作エンジンは陸と水を制する!? あのマセラティのエンジンを積んだパワーボートの実力とは

Octane Japan 編集部｜ 2018.12.26

Photography: Henri Thibault

ミストラル、吹く
1964年、ヨースト少年が心をときめかせる出来事があった。父の友人が、グレーの外装にコニャックレザーの内装を組み合わせたミストラルを購入したのだ。宝石商を営む彼は、ミストラルを"高速宝石輸送車"に使うつもりで、運転席の後ろのカーペットの下に隠し金庫を設え、これでパリを往復するつもりであった。だが、素晴らしい計画は彼が病に倒れたことで実現するには至らず、ミストラルはヨースト少年の父のものとなり、コモ湖畔のホテル・ノーチラスのガレージに納まることになった。

その頃、マセラティ製V8エンジン搭載のサンマルコ艇を駆るマリオ・ベルノッキは、マッジョーレ湖のレースでは75km/hの平均速度でラップレコードを記録し、クラス3（4500cc以下）のヨーロッパチャンピオンに輝き、マセラティ・エンジンはボート用としても高く評価された。

時は流れ、件のミストラルはジョディ・ヨースト少年が譲り受け、マセラティ・エンジンを搭載したボートはミケーレの息子のマルコが引き継いだ。ふたりは水陸のマセラティ・アイコンをアルフィエーリ技師への活気あふれるオマージュとしてコモ湖畔のガレージに収め、路上と水面を走らせている。

マセラティ・パワーを楽しむ
まず陸上でマセラティを味わってみることにしよう。ミストラルの真価はグランドツーリングで大いに発揮される。もうデビューしてから半世紀を経ているが、四輪ディスクブレーキは現在の道路状況でも不安を感じることはない。クーペボディゆえに耐候性にも優れ、籠もり音や車外騒音、風切り音もよく抑えられているので、高速クルージングは実に快適だ。長い期間をかけて熟成を重ねてきた6気筒ユニットは決して静かなわけではないが、それは快音の範疇に入るから、このクルマに興味を抱くエンスージャストからは文句は出ないだろう。トップスピードが230km/hにも達するという高性能ながら、この6気筒ユニットは86.0mmのボアに対して106.0mmというロングストロークゆえに5000rpm以下で高いトルクを発揮し、実にフレキシビリティーに富む。

3500GTのエンジンを搭載したサンマルコ製レースボートも、同様にパワフルで高いトルク感を覚える。ミストラルではフロントに置かれる6気筒ユニットは、この艇ではドライバーのすぐ後ろに位置し、ノイズもバイブレーションも大きい。シンプルなコクピットには1960年代の伝統的なイギリス製計器が居並んでいる。

水上では、タイヤやクラッチを破壊する心配なくスタートすることが可能だ。Vドライブ・トランスミッションとピッチ15度のプロペラにより、この小型モーターボートはスピードを出すために造られている。文字通り、飛び立つような勢いで、数秒もあればアクアプレイニング状態になる。ただし、難なくトップスピードに達するため、コースを守るためには集中力が必要となる。

基本的には平面で前方が若干のV字の船体は、波がなければ、休みなく上下動を繰り返す傾向がある。それ以外は、ボートは波に硬く当たり、スロットルを閉じる必要がある。水面にしがみつくようにはデザインされていないので、ターンは広めにとる必要があり、また、この時代のモーターボートに特徴的で、スライドを抑制する際には多めの水しぶきが上がる。柔軟かつパワフル、ただし使いやすいマセラティのエンジン特性により、ターンや加速は実に痛快だ。　

ネプチューンの神は、間違いなく水面のマセラティにもご加護をくださったようだ。

1964年マセラティ3700GT"ミストラル"
エンジン形式：DOHC 直列6気筒、ツイン・スパーク、ルーカス製機械式燃料噴射装置
排気量：3694cc（86.0×106.0mm）
最高出力：265PS/5800rpm（SAE）
最大トルク：38.0/4300rpm（SAE）
変速機：前進5段＋後退1段、マニュアル駆動方式：後輪駆動　操舵装置：ボール循環式
懸架装置（前）：ダブルウィッシュボーン/コイル/テレスコピック・ダンパー/アンチロールバー
懸架装置（後）：固定軸/リーフスプリング/テレスコピック・ダンパー/アンチロールバー
制動装置：4輪ディスクブレーキ　車両重量：1430kg
最高速度：229km/h、0-96km/h加速・6.8秒

1963/64年サンマルコ・ランナバウト
エンジン形式：マセラティ3500ＧＴＩ　タイプ106 ルーカス製機械式燃料噴射装置
最高出力：295PS/5600rpm　
デザイン/製造：オスカー・スカルパ/Cantiere San Marco,Segrate (ミラノ)
ハル（船底）構造：マホガニー合板寄木
操舵者（キャプテン）：マリオ・ベルノッティ
（1964年ヨーロッパ小型艇クラス３チャンピオン）
全長：5.30m　全幅：2.00m
重量：980kg　最高速度：92km/h

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翻訳：関根真理　Translation: Mari SEKINE Words: Gérald Guétat　

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