恋するアルファロメオ│はじめての整備に出してLAの街を走る

~Octane Cars~ 英国オクタンスタッフの愛車とのストーリー
1966年 アルファロメオ ジュリア スパイダー 1600

私はロサンゼルスの街を走っていた。ビバリーヒルズを通ったりしながら、ジュリアのレジスターを取って整備に出す目的に向かっていた。モーターの動きが静かすぎて、ダメになってしまったかと思ったのだ。アルファロメオという車はこうなる運命なのかという思いすらよぎった。


7月31日にジュリアを引き取り、ボディショップで新しいフロアパンとへこみを直し、ペイントにも手を加えた。フロントバンパーをメッキがはがれるまで磨いた。メッキが剥がれていた方が良く見えた。無くなっていたヘッドライトリングが最も難しい問題だった。造り直したものではしっかりとはまらないのだ。しかし、幸運なことにアルファロメオオリジナルのものを手に入れることができた。

一番最初に済ませたことは、完成までに時間がかかるカスタムシートをオーダーすることであった。しかし、実際に出来上がってみると小さすぎたし、滑稽に見えた。そこで、オリジナルのレッドシートを1991年のアルファから取ってはめてみたら非常に美しくなった。オリジナルのカーペットは、自分の手で洗い上げた。ほとんどのパーツは取り換えたが、中でもワイパーモーターを取り換えるのは大変だった。今となっては、すべての電気系統は完璧に動いている。

アルファの話を、走り抜きで語るわけにはいかない。金曜日の午後、ショップを去り、ブレーキを馴らすためにロサンゼルスのフリーウェイへ繰り出してみた。ブレーキパッドのピストンの調子が悪くなった。ピストンを取り換えることは簡単だったが、1966年のジュリアに合うブレーキパッドを探し出すことは決して容易ではなかった。夕方過ぎには走りに戻ることが出来た。

日曜の早朝、アルファを磨いてもらって、ピーターセン自動車博物館へと向かった。ジュリアを停めていると、人々が興味深そうに彼女を見ているのだ。"彼女をほっといてあげてくれ。ペイントなんて絶対にするなよ。素晴らしい1台なのだから"と、彼女に対して誇りを感じていた。

長い1日を終え、自宅へ戻り次第すぐにシートを磨き、家に入り、窓から彼女を眺めて過ごした。そこに1本の電話が入った。隣に住んでいるジムだ。"君のジュリアを見たよ。彼女、とっても素敵だね!"と。その晩、"ジュリアを売るなんてできない。でも、アルファを2台持ってどうするんだ?妻が2人いても構わないものだろうか?" と、私はベッドで寝ころびながらずっと思いを巡らせていたものだ。

Words:Evan Klein

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