伝説のF1ドライバー、アイルトン・セナの非凡な才能が理解できる5つのレース

アイルトン・セナ、1994年シーズン開幕時の写真。ウィリアムズに移籍したセナはさまざまな思いを抱えていた



4 悲願の母国初優勝
1991年3月24日/ブラジルGP(インテルラゴス) マクラーレン・ホンダMP4/6
8度目にして、ようやくアイルトン・セナは初の母国グランプリ優勝に王手をかけていた。だが、20秒差でトップを快走していた残り6周というときに、突然ギアが4速に入らなくなる。次いで3速がダメになり、続いて5速も失ったが、3速は復活した。残り1周でリカルド・パトレゼが3.5秒後方まで迫ってきたが、そのウィリアムズもセミオートマチックのギアボックスにトラブルを抱えていた。
残り10周で小雨が降り始めたが、それが強くなってコスは危険な状態になった。これがセナには助けとなる。まだ生きていた6速に入れ、そのまま走った。ギアボックスとの格闘に精神的負担も重なって、筋肉は痙攣し、肩も引きつった。あらゆる意味で、あれほどチェッカーフラッグを目にして嬉しかったことはないだろう。ついに母国優勝を果たしたのだ。インテルラゴスは沸き立った。
無線から聞こえてきたのは、半狂乱になったセナの歓喜の叫びだった。ウイニングランで国旗を受け取ろうとマシンを止めると、6速ギアに固着してしまったマクラーレンはそのまま動かなくなる。疲労困憊のセナは、手を借りなければマシンを降りられないほどだった。上半身と肩はほとんど動かせない状態で、抱擁する父のミルトンに「そっと」やってくれと頼むと、あとは誰も近づけようとせず、表彰台ではトロフィを頭上に掲げることもままならなかった。レース後にセナは、この優勝は神からの贈り物だと語っている。


1991年ブラジルGP、先頭を走るセナをウィリアムズのマンセルが追う

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