フェルッチオ・ランボルギーニが愛したクラシックボート|リーヴァ・アクアラマ

Photography: Maurice Volmeyer and Riva-World

フェルッチオ・ランボルギーニによって、20年もの間所有されたリーヴァ・アクアラマその後長い間放置されていたこのボートがレストアによって今、復活を遂げたこの優美なパワーボードが時代を超えて我々に語り掛ける

ランボルギーニV12を2基掛け
人の手によって造られた物体の中で、リーヴァ・アクアラマよりも優美で魅力的なモノが果たしてあるだろうか。そう思い込んでしまうほど、このボートは誰の目にも美しい。その湾曲したフロントガラスと、ニスが施されたマホガニーのハル、そして2つのパワフルなV8エンジンが特徴的なこのボートは、1960年代、イタリアの湖やフランスのコートダジュール、そしてフロリダのキーズ諸島で最高のステータスシンボルだった。クラシックスタイルを語る中で、アクアラマに勝るものはない。

唯一、ランボルギーニ製V12エンジン2基を搭載したアクアラマ。フェルッチオ・ランボルギーニ自身が注文をし、自ら舵を取り、20年もの長きに渡って所有していた実に特別なボートである。だがフェルッチオにゆかりのあるこのアクアラマは、荒れ果てた状態でイタリアのボートヤードで見つかったのだ。その時の興奮を想像してみてほしい。残念なことに2台のV12エンジンは1989年、、売却の際にフェルッチオによって取り外されていた(2台のエンジンのうち、1台は現在ランボルギーニ・ミュージアムに展示されている)。しかし、オランダのスペシャリスト、リーヴァ・ワールドによる丹念なレストアによって、アクアラマが再びランボルギーニのスーパーカーエンジンで走り出すことになる。

アクアラマを見て映画「甘い生活」で描かれた1950年代を思い起こす人もいるかもしれないが、実際にランボルギーニのトリトーネモデルの進化版として発売されたのは1962年のことであった。フロントガラスのカーブが、ワイドスクリーン映画、シネラマの形に似ていることからこの名前がついたのではないかと言われている。後部のスターンから水面への出入りがしやすいようにリアデッキに施された滑り止め付きのギャングウェイは、トリトーネにはないものだ。これこそリゾート地でウォータースキーや泳ぎを楽しむ裕福なリーヴァのオーナー達のためのものだろう。いつの時代もアクアラマは高価なおもちゃであった。そう、1960年代後半、その値段は1,300万リラもした。フェラーリ365GT2+2がたったの800万リラだったときのことだ。

1842年にピエトロ・リーヴが設立した会社は、1969年にその子孫であるカルロ・リーヴァによってアメリカのウィテカー・コーポレーションへ売却された。その後1988年にはイギリスのグループ、ヴィッカーズが買い取り、2000年に現在のイタリアの所有者へと返還される。リーヴァのその波乱に満ちた歴史にも関わらず、アクアラマは1996年にその最後の木製ボートが作られるまで、長年に渡って愛されてきた。生産艇数が800台に満たないアクアラマは、もし良好な状態で残っているものならば50万ユーロ前後で販売されている。

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編集翻訳:堀江 史朗 Transcreation: Shiro HORIE 原文翻訳:渡辺 千香子(CK Transcreations Ltd.)Translation: Chikako WATANABE (CK Transcreations Ltd.) Words: Mark Dixon 

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