ツール・ド・フランスの愛称で呼ばれる名レースカー|フェラーリ250GTbベルリネッタ

フェラーリ250ベルリネッタ"ツール・ド・フランス"

サーキットとヒルクライム間を公道で結んだ長距離自動車レース、ツール・ド・フランス・オートモビール。そこで活躍したことから、フェラーリ250GTベルリネッタは、ツール・ド・フランス(TdF)の名で呼ばれるようになった。その第3世代をロバート・コウチャーがグッドウッドまで走らせた

TdFの系譜
1947年の創立以来、フェラーリは優れたロードカーやレーシングカーに印象的な愛称を授けてきた。ミッレミリア、モンツァ、テスタロッサ、スーパーアメリカ、メキシコ、カリフォルニア、スーパーファスト、そして伝説的な名前となったGTOなどがそうだ。また、愛称のほうがモデル名より有名になった例もある。 166MMは"バルケッタ"と、365GTB/4は"デイトナ"のほうが、通りがいい。

"ツール・ド・フランス"という名前を聞けば、フェラーリV12グランツーリスモの、速くてエレガントなサラブレッドのイメージが即座に浮かぶクラシックカーファンも多いだろう。そのスレンダーなマシンに似合うのは、スウェードのドライビングブーツにピッグスキンの革手袋だろう。柔らかなダッフルバッグに最低限の荷物をつめて、フランスの田園地帯を駆け抜ける旅に出たくなる。目的地だけでなく、そこまでの道程を楽しむ旅になるはず……。

だが、こうしたイメージは、激しい戦いの末に勝ち取ったものだ。1950年代から60年代初頭の250シリーズは、フェラーリ史上でも特に華々しい成功を収めたモデルである。1955年のル・マンで起きたメルセデス・ベンツの恐ろしい事故を受けて、FIAはエンジン容量を3Lに抑えた新たなGTクラスを創設した。そのとき、エンツォの元には偶然にもぴったりのモデルがあった。それが、ジョアッキーノ・コロンボ設計の軽量V12エンジンを搭載した250ベルリネッタである。

ピニン・ファリーナがデザインし、スカリエッティが製作した250ベルリネッタは、 1955年のパリ・サロンで発表された。ボディはアルミニウム、サイドウィンドウはアクリルガラス製だったから、エンツォが競技用を想定していたのは明らかだ。最初の1台は、1956年4月のジーロ・デ・シチリアと、続くミッレミリアでクラス優勝を果たすと、9月のツール・ド・フランスで総合優勝を果たした。ドライバーはプレイボーイとして鳴らしたスペインのアルフォンソ・デ・ポルタゴ侯爵(本名はAlfonso Antonio Vicente Eduardo Angel Blas Francisco de Borja Cabeza de Vaca yLeightonと長い)、コ・ドライバーはエド・ネルソンだ。さらに、翌1957年のツール・ド・フランスでも優勝し、1958年には総合1位、2位、3位を独占。こうして250GTベルリネッタは、すっかり"ツール・ド・フランス"(TdF)の名で知られるようになった。

TdFは1956-1959年に77台が製造されたが、様々なバリエーションが存在し、4種に大別される。第1世代は14台(5台がザガート製ボディ)であった。このモデルは特にレース中に車内が非常に暑くなったとみえ、第2世代の9台にはサイドウィンドウ後方に換気用のルーバーが14本加わった(これゆえに第2世代は14ルーバーのニックネームで呼ばれる)。第3世代は18台で、ノーズを延長し、ヘッドライトを整形することでボンネットの気流を改善している。リアのルーバーは大きくなったが、数は3本に減った。最後の第4世代は37台でルーバーは1本になった。どの仕様が最も望ましいかという議論もあるが、要するに車内が暑いかどうかというだけのことだ。



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