『速く、そして安心して乗れるグランツーリズモ』。1957年にデビューしたマセラティ3500GTの開発は、当時マセラティのトップであったオメール・オルシと、チーフエンジニアのジュリオ・アルフィエーリの二人が立てた構想により実現したものだ。それから60年。マセラティブランドの成功を讃えるモデルが用意された。
源流はレース活動
マセラティの歴史をひもとくにあたり、大きな意味を持つのがモータースポーツとの関わりだろう。
1926 年、第一次大戦の傷跡が残るイタリアで開催されたタルガ・フローリオに、マセラティは初めてのレーシングマシンとなるTipo26を送り出す。アルフィエーリ・マセラティを中心としたマセラティ兄弟が手がけたTipo26は、スーパーチャージャーで過給される1500cc 直列8 気筒を積み、フロントマスクにはマセラティのエンブレムであるトライデント(三叉の矛)を掲げレースに挑む。Tipo26 は、初レースにもかかわらずクラス最初にゴールを駈け抜けたマシンとなった。
1930 年代に入ると欧州のグランプリは国威発揚の場として発展していく。そんな中、マセラティはスクーデリア・イタリアのひとつとして国の威信をかけて戦うものの、国家のバックアップを受け参戦するライバルのアルファロメオやドイツのメルセデス、アウトユニオンの活躍に相反して財政が悪化。グランプリレースからワークス活動の撤退を決断する。しかし、マセラティはモータースポーツと決別したわけではなかった。
オーナーが代わったことをきっかけに1938 年、モデナに拠点を移したマセラティはその後もレーシングマシンの製作を続けた。第二次大戦を挟み、レースよりロードカー製造を会社の柱とするよう主張し続けた当時のオーナー、アドルフォ・オルシとマセラティ兄弟が袂を分かつことになった後も、モータースポーツにかける情熱は変わっていない。
1950 年からイギリス・シルバーストンサーキットで始まったフォーミュラ1 にマセラティは当然のようにシリーズ参戦を決めた。当時、1500cc 直列8 気筒過給エンジンを積むアルファロメオ158 がレースを圧巻する中、ルイジ・ベレンターニ、ジョアッキーノ・コロンボといった名エンジニアの手により1954 年に完成したのが新しいレギュレーションに則したマセラティ250F 。このマシンが登場したことでマセラティはモータースポーツ活動の黄金期を迎えることとなる。
この年からレギュレーションで決められた2 5 0 0 c c 直列6 気筒DOHC自然吸気エンジンをフロントに搭載したマセラティ250F は、第二次大戦後、初めて参戦したメルセデスW196とともに前年まで圧倒的な速さをみせたフェラーリやアルファロメオから主役の座を奪取。250FはフロントエンジンのF1マシンでは最高傑作との名声を得た。1957年、マニュエル・ファンジオはフェラーリからマセラティに移籍。フロントエンジンF1における最高傑作と称えられる名車マセラティ 250F を駆って、5度目の世界チャンピオンに輝いた。ファンジオはこのとき御年46歳。F1最年長チャンピオンという記録は更新されていない。 右/ F1において大きな成功を収めたマセラティは、レーシングカーTipo350Sに搭載していた直列6気筒エンジンを流用。モータースポーツで培った技術力を活かしながら、快適で信頼性の高いスポーツクーペ、マセラティ 3500GTを開発した。
1957 年、フェラーリから移籍した名手フアン・マヌエル・ファンジオ操るマセラティ250F は8 戦中4 勝をあげついにドライバータイトルを獲得。しかし資金難を理由にマセラティはワークスとしてのレース活動を休止してしまった。黄金期を迎えていたレース活動とは裏腹に、マセラティ兄弟が自信を持って作り上げたロードカーが思いのほか世の中に受け入れられなかったことで業績が悪化していたのだ。レース活動に終止符を打ったマセラティは、ロードカーメーカーとして生き残りをかけることを決断したのである。
1963 年、レーシングカーのエッセンスを注入したラグジュアリーセダン、クアトロポルテを皮切りに、3500GT、ギブリといった名車を次々とマセラティは世に送り出す。マセラティが世に送り出したロードカーの、他に類をみない独自の世界観に誘われ、ハイソサエティがオーナーに名を連ねることになる。
ツーリングモデルの大きな節目
ここに紹介するマセラティ・グラントゥーリズモ・スペシャルエディションはジュネーヴショー2017でお披露目された限定車だ。世界限定で400 台発売されるこのモデルは、初代3500GT が誕生して以来、マセラティのグランドツーリングモデルが60 周年を迎えたことを記念して製作された特別仕様車だ。
3 層仕上げのニュー・ロッソ・イタリアーノをボディカラーに採用しているところが大きな特徴だが、このカラーは前述のフォーミュラ1で活躍したマセラティ250F のマシンカラーに由来する。4 色のステッチカラーが設定されたインテリアは、ポルトローナフラウ・レザーとアルカンターラの巧みなコンビネーションで仕立てられた。スペシャルエディションではさらにセンターコンソールやスカッフプレートに専用ロゴが組み合わされている。また室内にはトライデントが通常モデル同様、随所に配された。また、このスペシャルエディションにはスポイラーなどにカーボン製パーツが装備され、さりげなくスポーティさを引き立てている。
登場して間もなく10 年を迎えるマセラティ・グラントゥーリズモだが、ピニンファリーナがデザインした優雅なたたずまいは何ひとつ衰えを見せていない。ステアリングを握っても古さを感じるどころか、むしろ官能的なフィールは他のライバル車を上回るほどだ。インジェクションを回した瞬間にフォンと目覚める4700ccV8エンジンは、460psのパワーを糧にして思いのままにワインディングを駈け抜ける。心に響く乾いたエンジンサウンドも健在だ。「マシンと一体化し、スロットル操作で車を思い通りに操った」とは、1957 年にワールドチャンピオンに輝いたファンジオのマセラティ250Fについての言葉だ。「SPORT 」モードに入れたときの操作性は、狙ったライン通りに走る高い応答性を感じることができる。それはレーシングカーそのものの動きといえるが、暴力的な挙動やクイックすぎるハンドリングではなく、あくまで優雅さを前面に押し出しているところには心が惹かれる。
フェラーリを凌ぐ長い歴史と、モータースポーツで培った伝統と味わいは、グラントゥーリズモに色濃く反映されている。妖艶な色香に誘われて、このグラントゥーリズモを手にすることができたオーナーは、幸運この上ないといえよう。
フォーミュラ1で活躍したマセラティ250 F のマシンカラーに由来するニュー・ロッソ・イタリアーノをボディカラーに採用した、グラントゥーリズモ・スペシャルエディション。バンパー下に装着されたディフューザーや三角形のライトクラスターなどでスポーティさとエレガンスさを兼ね備えるリアスタイル。ボンネットフード裏面には、ドライカーボン素材のパネルが装着されている。フロントには最高出力460 ps を誇る4 . 5リッターV 8エンジンを搭載。心に響く乾いたエンジンサウンドを奏でる。妖艶なエクステリアデザインを邪魔しないデザインに仕立てられたリアトランクスポイラーを装備。大人2人がロングツーリングを行うには十分すぎるほどのスペースを有するラゲッジスペース。ポルトローナフラウ・レザーとアルカンターラの巧みなコンビネーションのインテリア。色のステッチカラーが設定されている。見た目以上の実用性を誇るグラントゥーリズモのリアシート。シートは前席同様に繊細なステッチが施された。スペシャルエディションにはセンターコンソールやスカッフプレートに専用ロゴが組み合わされた。
文:手束 毅 写真:芳賀 元昌
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