フェラーリ創業当時を解き明かすヒントとなるダークホース|166インター・スパイダーコルサ

Photography:Charlie Magee



オリジナルの姿に戻す
1970年、ローマの愛好家、コラード・クッペリーニが眠っていた"012I"を発見した。ハードトップはなくなり、シャシーも短くなっていたが、フォンタナ製のボディはオリジナルのまま残っていた。クッペリーニはこの車とともにマルゾット兄弟が所有していたフェラーリF2"116MS"から166のエンジンも手に入れた。その2年後、"012I"は再びオーナーを変え、1976年に簡単なレストアを受けて、1977年の第1回復刻版ミッレミリアに出走した。

カリフォルニアに住む前オーナーが"012I"を手に入れたのは1990年代後半のことであった。ちょうどボディとシャシー、F2エンジンを保存するためのレストアを受けている最中だった。新オーナーは全盛期の姿、すなわち1950年のミッレミリア出走時の仕様に戻すことを目標に掲げた。レストア作業は2000年代半ばに始まり、失われた細かい部分についてはジャンニーノ・マルゾットが助言し、次第に形を成していった。フレームとボディのレストアはオレゴン州ポートランドのカーティス・ペイシャンスが担当。1950年代にも様々に手を加えられていたものの、当時のアルミニウムはほとんどが生かせる状態だった。

一方F2エンジンは、カリフォルニア州バークレーのパトリック・オティスがオーバーホールし、ベンチテストにおいて6000rpmで190bhpを発生した。最終的なレストアの仕上げはサンラフェルのフィル・ライリー社が行い、2012年1月に完成。その年5月にモナコのRMオークションに出品された(訳註:落札額は101万ユーロ)。

"012I"に乗る
今、まったく華やかさに欠ける英国エセックスの風景をバックにたたずむ"012I"はなんとも場違いに見える。だが、再び"722"のレースナンバーを付け、やる気に満ちあふれたその姿は、見るだけでうれしくなる眺めだ。斜め前方から見ると、格子のグリルやその左右の口髭の形など、通常のトゥーリング製ボディをまとった166MMによく似ている。なにか別のものであることを明かしているのは、唯一ノーズ先端のわずかな段差だけだ。横から見ても、フェンダーのシルエットや側面を走る特徴的なヒダなどがいかにもトゥーリングといった印象だが、引き締まったヒップラインは違い、ずいぶん短い。前後のオーバーハングが極端に短いこともそれを際立たせている。

乗り込んでみると、予想通り飾り気はない。ウッドリムのステアリングの径は大きく、少しでも背の高いドライバーはル・マン式スタートで苦労するはずだ。長身者が優雅に乗り込むことなど不可能で、なんとか足をねじ込むしかない。数々の耐久レースで活躍した強者らしくシートは非常に快適が、当然ながらほとんど直立の姿勢を保たなければならない。室内装飾と呼べるようなものはないが、琥珀色のスイッチ類やローマ数字の描かれたシフトノブなど、ディテールが実に美しい。ひときわ大きいのがタコメーターで、小さめのメーター類の中で最も働くのが速度計だ。

フューエルポンプのスイッチを入れ、キーを差し込んでスターターを押すとエンジンは容易く始動した。ファンファーレのようなエクゾーストノートは、かなりの大音量だ。以前166に触れた経験があったとしても、このF2スペックの高出力エンジンに一切の消音器を持たないエクゾーストパイプの組み合わせは別物である。見物人は目を見開き、口の動きを読む技術がなくても言いたいことは分かる。まさに信じられない音で、破裂音に混じって小さな火花まで勢いよく飛び出す。

開けた田園地帯に出ると、166は痺れるような走りを見せ始め、ドライバーは俄然忙しくなる。5段ギアボックスは、当然ながら上げるときも下げるときもダブルクラッチが必要で、ステアリングは低速でこそ重かったが、速度が上がると目に見えて軽くなった。驚くべきは、実に軽々と加速していくことだ。この2L V12ユニットはリミットがないかのように回転が上がるが、それを待たずとも大きなパワーを発揮してみせる。走行中の"012I"を支配しているのは後方から響きわたる排気音であり、我を忘れるような興奮が沸き上がる。

この車には二面性がある。スピードを出してこそ生きる車だが、重いクラッチペダルを厭わなければスーパーマーケットに買い物に行くことも可能ほどの柔軟性を備えている。

私が試乗した日は雨と強風にたたられ、最終的には巨大な水たまりの連続に行く手を阻まれた。英国紳士たるもの、どんな状況も平静を装って乗り切るべきなのだろうが、通り掛かる誰も彼もが、"012I"を携帯電話で撮影しようとしているかと思うと、挫けてもいられなかった。

もしキオードに乗ったら、誰しもその迫力に圧倒され、心の底から夢中になっているはずだ。"釘"というニックネームより、"鉄槌"のほうがぴったりすると思わずにはいられなかった。


1948年フェラーリ166インター・スパイダーコルサ
エンジン:1995cc、V型12気筒、SOHC、ウェバー製ダウンドラウトキャブレター×3基
最高出力:190bhp/6000rpm
最大トルク:19.3kgm/7000rpm(推定)変速機:前進5段MT+後退、後輪駆動ステアリング:ウォーム・ナット
サスペンション(前):横置きリーフスプリング、ロワーウィッシュボーン、レバーアーム式ダンパー
サスペンション(後):リジッドアクスル、半楕円リーフスプリング、レバーアーム式ダンパー
ブレーキ:油圧式4輪ドラム車両重量:650kg(推定) 最高速度:225km/h(推定)

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編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.)Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Richard Heseltine

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