名匠ジオット・ビッザリーニによる、もうひとつの"250GTO"|イソ・グリフォA3/C

Photography:Gus Gregory



あなたもレーシングドライバーのように
ウォームアップランを走るビッザリーニはしごく快適である。サーキットを独占走行していることもあってリラックスしていられるのだが、もちろんいい緊張感はある。いい感じでギアセレクトできるし、ステアリングも軽いながらも素晴らしい感触だ。これなら誰でも素早い変速が可能なのではないだろうか。リアがインボードマウントとなるディスクブレーキは最初の踏み応えはよくないが、これはまだ冷えているからで、ご存知のようにレーシングパッドをきちんと効かせるには一発ドカンと強く踏んで熱入れをしてやる必要があるのだ。タイヤは比較的控えめなサイズで、フロント6×15インチ、リアが7×15インチのダンロップ製だ。レーシングタイヤも同様に最初の冷えた状態では、でこぼこしたような変な感じである。各部を暖めるようにサーキットを1周してからメインストレートにやってくると、いよいよエンジンに活を入れる。スロットルを踏むと例の"チャガチャガ"音はいきなり低いスタッカートのような早いテンポに変わる。素早くシフトダウンしてマジウィック・コーナーに入っていくと、ブルマン製のボール循環式ステアリングが正確に反応し、車はフロント左側のタイヤに過度に寄りかかることもなくスムーズに回っていく。操縦性はいわゆる初期アンダーステアだが、もちろんその気になればいつでも450bhpを使って思うようにコントロールすることができる。この車はフロントミドのエンジン配置だから、通常のフロントエンジン車に比べればシャシーのかなり後方にV8エンジンが載ることになる。ダッシュボードに蓋でも開いていれば、運転席からディストリビューターに手が届くほどだ。

私はマーク・ホールズではないから(註:ホールズはOctane専属のテストドライバーで、グッドウッドでビッザリーニを駆って一度ならず勝利したことがある)、この特別な外皮をまとった車で冒険するわけにはいかない。現オーナーであるブルース・メイヤーは気さくに、思い切り走らせていいよと言ってくれるのだが、やはり気がとがめる。ロードテスターの視点からあえて言うなら、ビッザリーニはフォードウォーター・トロフィーではしっかりした速さを示せるし、セントメリー・トロフィーでもまあまあの成績をとれる速さがあると思う(訳註:どちらもグッドウッドで行なわれるハイレベルなクラブイベント)。この車は1300kgとかなり軽いうえに、重量物はシャシーの中心付近、それも低い位置に配置されているのも速さの秘密だ。

同時にこのビッザリーニは実際にドライバーを喜ばせてくれる車であるということも、また確かである。270km/h以上のスピードでもどっしりと安定した感覚が残っているというのはドライバーに安心感を与えよう。暖まっていればブレーキは文句ない性能を発揮するし、ステアリングの感触は素晴らしいのひとこと、ギアボックスはトルクラッシュをいとわず吸収する。よくできたシャシーは、あたかもあなたが真のレーシングドライバーであるかのように(ホールズのように)、すぐに思い通りのラインでコーナーを駆け抜ける支えになってくれる。

初期アンダーステアは、出口に向けてスロットルを開けるタイミングが早すぎることのないようにするための、いわば安全策だ。アペックスを過ぎた先がストレートならばスロットルペダルをベタ踏みしても大丈夫。ビッザリーニは腰をかがめるように低い体勢から、エグゾーストノートの高まりに合わせて獲物に飛びかかるかのように鋭い加速を見せる。何という素晴らしい感覚。レーシングドライバーが常にパワーを欲しがり、強いブレーキを欲するかがよくわかる。持てる勇気のすべてをストレートに向けて放出すること、これがレーストラックを貪欲に楽しむ方法なのだと実感する。

シケインにやってくると赤旗を振りまくっているマーシャルの姿が目に飛び込んできた。荒れ狂うように打ち振る彼の顔は、旗の色と同じなのが印象的だ。ビッザリーニのV8エンジンはそのとき爆音を轟かせていたが、彼が持っているノイズメーターは許容限度を超えていたのだろう。

世界中でもっとも速く、もっともドライバーに寛大な車の一台であるビッザリーニを降りるのは忍びがたかったが、しかたなくピットに向かった。世界にこれしかないグラスファイバー製のボディを壊さないで返却するには、ここらで切り上げておくのが最善の策だろう。

ピットに戻りスイッチを切ると突然静けさに包まれる。幅の広いサイドシルをまたいで狭いコクピットから這い出ると、外の空気が吹き出た汗に心地よい。イソ・グリフォA3/Cは見た目に素晴らしいだけでなく、運転しても楽しい車だ。ここ、グッドウッドのように流れるように走れるサーキットではとくにそう感じる。山あいの狭い道で走ったら、それはそれで別の楽しみ方が待っているだろうが。

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:Robert Coucher 

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