デ・トマゾ・マングスタ|その名に込められた宿敵の存在とは?

Photography:Jamie Lipman



このエンジンカウルや乗降性の優れたドアなどをすべて閉じると、マングスタの美しい姿態が明らかになる。いくつかのエアスロットを、角度を変えながら並べるのは当時のイタリアン・カロッツェリアが好んで取り入れたモチーフで、とりわけピニンファリーナ、ベルトーネ、ギア、そしてギアから独立したジウジアーロなどがこれを多用した。また、シャープなエッジと引き締まった曲面の組み合わせも、1960年代後半から70年代初頭に登場したイタリアン・スーパーカーを特徴付けるデザイン要素のひとつといえる。

マングスタがもっとも美しく見えるのが、そのサイドビューである。時代を超えた輝きを放つ筋肉質な曲線、そして気品ある造形は、半世紀前近くも前にデザインされたことが信じられないくらい完成度が高い。

エンジンのロッカーカバーはアルミを磨き上げたもので、そこには"5.0LITRE/Mangsta"の文字が描かれている。トランスアクスルのケースも同様に磨き上げたアルミ製だ。その周辺には、ボディワークを支える角断面のスチール製フレームが張り巡らされている。サスペンションアームは様々な調整が可能なタイプで、ゴムブッシュを用いないソリッドな部品で構成されたジョイントは1960年代のF1マシンを彷彿とさせる。スプラインが刻まれ、フックジョイント(ユニバーサルジョイント)で結ばれたドライブシャフトは極端に太い。エアコンのラジエターはエンジンルームの右後方、バッテリーは最後方のやはり右隅に置かれているので、好ましい重量配分に仕上がるはずがない。それらを見て、私の恐怖心をしまった心のなかの金庫は、図らずも少しずつ鍵が開かれていったのである。

恐怖心との闘い
黒一色で統一されたコクピットに乗り込む。分厚いダッシュボードには様々な機器が取り付けられている。トグルスイッチの一群、まるで飛行機のようにギザギザがついたレオスタット、おぼろげに光る警告灯などだ。エアコンの吹き出し口と操作系は低い位置に取り付けられているが、それがあること自体、とてもありがたい。 もっとも大きな問題は適切なドライビングポジションがとれないことだろう。些細なことを気にするヤツと罵られるかもしれないが、本当に大切なのは車を運転するのに必要なしかるべき体勢がとれることにある。ところが、マングスタはステアリングホイールが小さすぎ、しかも低くて遠く、身体の中心線から右側に大きくずれている。ペダル類も同様にオフセットしていて、おまけにアクセラレーターの位置はブレーキに対してかなり低いため、ヒール&トーは実にやりにくい。どう考えてもドライビングしにくそうで、例の"心の鍵"はどんどん開きつつあった。

私はウィンドウスクリーンのヘッダーレールに頭をぶつけながら運転席に腰掛け、首を大きくひねってルームミラーをのぞき込んだ。その視界には角断面のパイプとグリルのメッシュが入り込んできているほか、リアのセンターを貫く支柱によってリアウィンドウはふたつに分割されている。シートは、上半身が深く寝そべった体勢となるだけでなく、ヨーロッパ人としてごく平均的な体型を持つ私には、どんなに前にスライドさせてもシートはまだ遠すぎた。

運転席側の窓を開けようとしたが、深いタンボルホーム形状のため、窓を完全に開けることはできない。いや、V8が発するサウンドは否が応にも耳に届くのだから、そんなことは気にすまい。荒々しいエンジン音は、このようなスタイリングのクルマには相応しくないかもしれない。けれども、これこそがイタリアとアメリカの血をひくこのクルマのDNAそのものであり、様々なドラマを生み出す源というべきものである。

フェラーリ風のシフトゲートを持つシフトレバーを操り、アンダーダッシュに取り付けられたフォード式のハンドブレーキをリリースする。地面からわずか数インチの高さに着座しているにもかかわらず、まるで小型飛行機に乗っているような感覚がある。そして、私たちは飛び立った。芸術作品が、ついに動き出したのだ。


正しいドライビング・ポジションを見つけ出すのは不可能に近い。マングスタは、本気で飛ばすためのスポーツカーというよりも、純粋な芸術作品と思ったほうがいい

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編集翻訳:大谷 達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:John Simister 

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