レストアの「素材」として切り刻まれたフェラーリの再評価|250GTピニンファリーナ・クーペ

フェラーリ250GT PFクーペ



珠玉のエンジン
そんなフェラーリに乗るとしたら、何となく不安を覚えておよび腰になって当然である。だが正直なところ、ボディサイズにそれほど怯える必要はない。この55年間にファミリーカーのサイズもずっと大きくなっており、フェラーリはたとえばフォード・フォーカスのような車と大きな違いはない。だが、大きな声では言えないが、この時代のマラネロの製品のいくつかは運転して楽しいものではない。その名声や派手な宣伝文句に現実の路上での実力が覆い隠されてしまっているのだ。フェラーリの中にはロードカーとして不完全な車もあるのは事実だが、少なくとも250GTは違う。

コノリーレザーとビニールが組み合わされた室内は非常に魅力的だ。何よりも同時代のライバルと比べてピカピカの装飾がほとんどないことに感心する。快適な座り心地のシートはサポート性も良く、しかもシートスライドの調整代が十分にあるため、背の高い人でも窮屈な思いをすることはない。他の車、たとえば250GTSWBカリフォルニア・スパイダーではこうはいかないのだ。ドライバーズシートの背後もカーペットで覆われてはいるものの、小さな鞄が収まるぐらいのスペースしかないので、どんなに頑張っても2+2と言い張るのは難しい。

PFクーペに乗ればたちまち、まったく安心して運転できる車であることが分かるはずだ。言うまでもなく、加速する際のV12エンジンのサウンドはただただ素晴らしい。スロットルペダルに触れればいつでも、まるで鬱積した怒りが噴き出すようなパワーが溢れ出し、言葉を失うことだろう。もっともこれは期待通り、これがなければフェラーリとはいえない。いっぽうで驚くべきはその扱いやすさである。これまでのフェラーリや同時代の車の例から想像するよりもずっと、運転しやすいのだ。エンジンは低回転でもきわめて従順であり、かつそこからまったく躊躇せずに力強く加速する。フルシンクロの4速ギアボックスは滑らかで正確に操作できる。これならシフトミスするほうが難しいだろう。またクラッチも重くないうえに、ウォーム・ローラー式のステアリングも適切な重さで常にリニアに反応してくれる。

扱いやすさに意を強くするとますますリラックスして飛ばせるようになる。交通量が少ないBロード(一般路)に入ると、250GTはその本領を発揮した。7.1秒という0-60mph加速のタイム(過去のテストから見てこれは掛値のないところだ)は、現代の水準からすれば平凡に思うかもしれないが、実はなかなか大したものだ。しかも実際の中間加速はスペック以上に強力である。ショートストロークのV12は、まったくストレスなく回る。どのギアに入っていても、天井知らずに際限なくスムーズに回っていくのだ。まさしく宝石のようなエンジンだ。

小さな弱点と言えるのは、初期の250シリーズから受け継いだレバー式油圧ダンパーを備えるPFクーペの乗り心地がやや硬いことぐらい。ダンロップのディスクブレーキの能力も十分で、ブレーキング中のペダルの踏み応えも満足できるものだ。

PFクーペは山道で自分の腕を自慢するための車ではもちろんないが、ノーズヘビーといわれる250シリーズの世間一般の評判よりはずっと敏捷である。これはずっと運転したい、長く生活をともにしたいと思う車である。

1960年の『ロード&トラック』誌の要約を再び引用すれば「このフェラーリについては何ページでも書くことができる。最高の賛辞以外に、我々の印象を伝えるのは難しい」

たとえこの種の車が絶滅しかかっているとしても、それは今もほとんど変わっていない。そもそもなおざりにされていたフェラーリではないか、とあなたは反論するかもしれない。だが、量産メーカーへ飛躍するきっかけとなったということだけでもこのフェラーリは重要なのだ。それ以上に、車そのものが素晴らしい。おそらくあなたも言葉にできない感動を実感するだろう。一目ぼれではなく、一度あのエンジン音を耳にすればそれだけで、きっと恋に落ちるはずである。



1960年フェラーリ250GT PFクーペ
エンジン:アルミニウム製V型12気筒2953cc(73.0×58.8mm)、SOHC、ウェバー40ツインチョーク・キャブレター3基
最高出力:240bhp/7000rpm 最大トルク:26.7kgm/5000rpm
トランスミッション:前進4段MT(オーバードライブ付き)ステアリング:ウォーム・ローラー
サスペンション(前):ウィッシュボーン、コイル、レバーダンパー
サスペンション(後):リジッド式、ラジアスアーム、半楕円リーフ、レバーダンパー
ブレーキ:4輪ディスク 車重:1370kg 性能:最高速(公称値)241km/h、060mph加速=7.1秒



スパルタンなレーシングカーとは似ても似つかないラグジュアリーな室内は、いかにもグランツーリスモに相応しい。ただしわずかでもスロットルを開ければ、見事なダッシュボードの向こうに積まれた240bhpの3リッターV12エンジンがたちまち咆哮をあげる

編集翻訳:高平 高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA Words:Richard Heseltine Photography:Paul Harmer

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