エンジンから吹き出す炎と轟音! 蘇ったビースト「フィアットS76」への熱狂

フィアットS76 Photography:Matthew Howell (action), Stefan Marjoram (restoration)

世間から忘れ去られ一世紀以上という長い年月を経てフィアットのモンスターS76がひとりのエンスージアストの手によって蘇った。

28.4リッター。4気筒。これらの数字がフィアットS76のモンスターぶりと、驚異的なパワーを物語っている。そして姿を消してから一世紀以上が経った今、再びモータリングシーンに帰ってきた。このモンスターマシンが、なぜこれほどまでに人々を興奮させているのかは、その姿を見れば、皆さんもご理解いただけるだろう。レストアされてから初めてエンジンが回り、エグゾーストパイプから炎が吹き出すさまが撮影された動画は、ネットで急速に広まり「まるで花火工場が爆発したかのようなサウンドだ」というコメントが投稿されている。

The Beast of Turin "トリノの野獣"
S76の助手席に乗ると、文字通り吹き飛ばされるようだ。ここに座る者は誰でも、ボンネットサイドから凄まじい勢いで吐き出される排ガスをまともに受ける覚悟をしなければならない。まるでドアが開いたオーブンの前に座っている気分だ。ノイズの大きさも尋常ではない。S76の巨大なエンジンからの一斉射撃は、大砲が連続して撃たれているようだ。この野蛮ともいえるメカニズムゆえにS76は"トリノの野獣"として知られるようになった。そしてこれにはそれ相応の理由がある。

ダンカン・ピッタウェイ氏は、S76が大きな関心を集めていることに少々困惑しているようだ。

「おそらく、このプロジェクトに長く携わっているからでしょうが、このような反応をまったく予想していませんでした。ほんのつい最近まで、誰も興味など示したことはなかったのです」と首をかしげる。

しかし今、人々が大きな関心を寄せていることは紛れもない事実だ。車高を除けば、実際のところそれほど大きいわけではないのだが、この巨大なエンジンの高さが、あたかも途方もなく大きな車であるかのように見せている。

外観が印象的なのはもちろんだが、スタート時に解き放たれるそのサウンドとビジュアルの壮観さはそれ以上だ。各シリンダーに取り付けられた"呼び水カップ"に燃料を押し出し、キャブレターのニードルをゆすって、吸気管に充分なガソリンが流れるようにする必要がある。これはメカニックが行うのが理想的で、通常はダンカンの親友であり右腕でもあるタッカーの仕事だ。ドライバーがレバーを引き、シリンダーを減圧(デコンプ)する。このレバーは、通常運転用とは別に設けられた減圧用ローブを備えるカムシャフトに接続されており、カムシャフトが後方へスライドしてローブが働き、エンジン始動後は、ローブは自動で作動位置へ戻る。

ひとたび野獣が目を覚ますと、実に恐ろしい。スプリングの上でボディを震わせ、手がつけられない。2個のエグゾーストポートから強烈な炎が交互に飛びだし、辺りに爆発音が鳴り響く。初めてこの車を走らせた日、ダンカンは車両後方の路上に残る連続した跡を見つけ困惑した。それは強大なトルクでタイヤがホイールスピンしていた証だった。

ダンカンが初めてS76に関わった2002年、彼にはS76についての知識はほとんどなかった。だが、このビーストについての知識を深めるにつれ、彼はその現役時代の評判を取り戻したいと思うようになった。1920年代以来、ライターたちはこの車の誕生とその性能についてありもしない噂を広めてきた。真実はまったく異なるとダンカンはいう。飛行船のエンジンを使用して、大して考えもせず間に合わせで造ったというような記事が出回っていたが、それはまったく違う。これは、当時世界でもっとも優れた自動車会社のひとつであったフィアットが、費用を惜しげもなく費やして製造した最高技術の傑作品なのであった。

1911年、フィアットの業績は好調だった。イタリアで最大の自動車会社となったフィアットは、モータースポーツの業界でも素晴らしい業績を成し遂げ、14リッターのS74グランプリカーは、ヨーロッパとアメリカ、両方のレースで勝利を挙げていた。しかし1909年、200bhp、21.5リッターのブリッツェン・ベンツがフライングキロメーターで、ガソリン車として初めての200km/h超えとなる202.691km/hを達成し、話題をさらっていった。フィアットは世界最速記録の樹立を目指し、人気ドライバーであるフェリーチェ・ナザーロのもと、記録を塗り替えるマシンを造るよう、レーシング部門にすべてを委ね、S76が誕生した。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.)Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:渡辺 千香子(CK Transcreations Ltd.)Translation:Chikako WATANABE (CK Transcreations Ltd.) Words:Mark Dixon 

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