エンジンから吹き出す炎と轟音! 蘇ったビースト「フィアットS76」への熱狂

フィアットS76 Photography:Matthew Howell (action), Stefan Marjoram (restoration)



速度記録に臨む
1910年から1911年にかけての冬、2台のS76が造られた。この2台は一見同じように見えるが、細部には異なる点が多々あった。ダンカンのS76はエンジンナンバー"2"が搭載されているが、ダンカンは、ローリングシャシーはシャシーナンバー1のものであること確信し、こちらのスタイルでレストアを進めた。1911年から1913年にかけてブルックランズなどで観客を熱狂させたのは、シャシーナンバー1のS76であった。 

シャシーナンバー2が最後に姿を見せたのはトリノのヴァレンティーノ公園で、1909年に発売されたばかりのフィアット501と並んだ宣伝用の撮影のために駆り出された。この頃になると、S76は風変わりな車として見られるようになってしまったとダンカンは考えている。

1912年、4年ぶりに世界でもっとも重要なモーターレースであったフランスGPが再開されると、ヨーロッパの人々の関心はそこに集まり、S76はデビューするや否や時代遅れの車となってしまった。なぜなら、フランスGPのレギュレーションに沿ってエンジンを造れば、それは複数のカムシャフトを搭載した高回転型となり、SOHCの低回転型
エンジンを搭載したS76は、どうみても前時代的だった。だが、S76は注目に値するパフォーマーでもあった。1913年、オステンドの海岸沿いでタイムラインに挑戦していた際、アーサー・デュレイのドライブによってフライングキロメートルで132.37mphを記録した(デュレイは140mph以上に達しているのを幾度か見たと主張している)。S76は1920年代半ばまでは、世界最速の車として称賛されるはずだった。しかしフランスの速度記録を管理する機関は、オステンドでのタイムを正式に認めなかった。

S76が輝いたのは一瞬のことだったが、その光は明るかった。2台のS76が完成して間もなくナザーロはフィアットを去り、23才のピエトロ・ボルディーノが後釜として引き継ぎ、1911年の夏、シャシーナンバー1と共にブルックランズへ出発した。初戦は完全勝利というわけにはいかなかった。コースの路面はでこぼこで、ボルディーノはスロットルを半分しか開けることしかできなかった。また、エントランスからレールウェイ・ストレートまで全体にバリアが設置されており、バンクのあるセクションでは低い順位に留まらざるを得なかった。それでも1911年6月10日、イギリスの『オートカー』誌は「激しい雷雨のようなノイズを上げ…、モンスターが轟音を立てて駆け抜けると、地面が震え、空気が激しく振動した」と報じている。

ブルックランズでの結果にひるむことなく、ボルディーノはサリー州からノースヨークシャー州までフィアットを走らせ、年に1度、ソルトバーン・サンドビーチで開催されるスピードトライアルに参戦することを決めた。ライディングメカニックとして同乗したジャック・スケールズは、速度計が120mph(約193km/h)を指しているのを見たと言った。この当時の地上速度記録は、126mphであった。「町や村を走っていくと、S76の爆音で歩行者が振り返る。でも、振り返ったときにはすでにその姿はなく、帽子が吹き飛んで、ボンネットのサイドにあるエグゾーストパイプから吐き出される3mほどの炎が髪を焦がす…」と彼は回想している。

S76は練習走行で約125mphを出した。しかしトライアルの前夜に降った雨で砂がたっぷり水を吸い込み、高速走行には非常に厳しい条件となった。この悪条件の中にありながら、ボルディーノはフライングマイルの世界新記録、116.3mph(187.16km/h)を達成し、その夜、意気揚々とロンドンへ戻ると、「ライトを点灯する必要もなかったよ、エグゾーストから稲妻が出ているからね」と話している。

この時、S76に続いたのはパーシー・ランバートがオースティンに乗って記録した81.04mphで、ブルックランズでも101mphを超えたに過ぎないから、いかにS76が強力であったかがわかるだろう。

だが1911年8月、プジョーからツインカムエンジンを搭載した新しいL76がデビューし、ACF(フランス自動車クラブ)が1912年にフランスGPを再開すると発表すると、S76のニュースは過去のものとなった。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.)Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:渡辺 千香子(CK Transcreations Ltd.)Translation:Chikako WATANABE (CK Transcreations Ltd.) Words:Mark Dixon 

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