エンジンから吹き出す炎と轟音! 蘇ったビースト「フィアットS76」への熱狂

フィアットS76 Photography:Matthew Howell (action), Stefan Marjoram (restoration)



ロードカー仕様に改装されるが…
使われることがなくなったS76はどうなったのだろうか。エンジンはスクラップになったとダンカンは考えている。「1920年代初期までは、あれほど巨大なエンジンは、碇ぐらいにしか用途がなかったはずだから」と彼は説明する。また、シャシーナンバー2のS76も解体されたと彼は考えていたようだ。1920年、フィアットは技術を盗まれることがないよう、老朽化したすべてのレーシングカーを解体するという方針だったからだ。

しかしシャシーナンバー1はロシアから国外へ送られ、そのシャシーは1920年代にスタッツのコンチネンタルエンジンを搭載して、スペシャルが造られたと思われる。ダンカンはS76と思われる車が写った1921年か1922年に撮影された写真を持っている。画質は粗いものの、ロアスタイルに再架装され、エンジンを支えるようU型のクロスメンバーがフロア下へ湾曲している。ダンカンが購入したとき、このクロスメンバーは変わらずシャシーにリベットで留められていた。

S76を再現したい
「2003年、私はエドワーディアンカーのオーナーたちと、1903年のパリ-マドリード間で行われた『死のレース』の再現に関わっていました。食事の時、私は大型エンジンを搭載したエドワーディアン期の車をぜひレストアしてみたいとの考えを仲間に話しました。フィアットS76の名前が挙がると、友人が記憶をたどって、メニューの裏にS76をスケッチして、こう書いたのです。『君はこの車を作るべきだ』と」

S76のローリングシャシーは、残っていることがすでに判明していた。かなり傷んで折れ曲がっているものの、アクスル、ステアリングボックス、スプリング、ペダルなどがそろった状態で、1970年代にオーストラリアのニューサウスウェールズ州にある渓谷で見つかった。さまざまな人の手に渡ったが、それで何かをしようという者は誰もいなかった。大がかりなプロジェクトにひるんだのであろう。しかしダンカンは違った。

「私はリサーチをしていなかったので、第二次世界大戦後のあらゆる記事に書かれているように、エンジンは飛行船で使用されているものと同じようなものだと考えていました。それならどこかに1基や2基は転がっているに違いないと思ったのですよ。当時、私がフィアットの飛行船用エンジンはS76のものとはまったく異なることを知らなかったのは幸運でした。同じなのはボアとストロークの寸法だけで、しかも飛行船用エンジンが初めて作られたのは1915年のことなのです」

だが驚くべきことに、本物のS76エンジンが現存していることがわかった。ダンカンはトリノの古びた倉庫にあるそのエンジンを自身の目で確かめたいと、許可を得るため、長い年月にわたり粘り強い交渉を続けた。「私はマーク・ウォーカーとトリノの空港で会う約束をしました。到着ロビーに着くと『Italian Job』(1969年のイギリス映画。邦題:ミニミニ大作戦)のジャンプスーツを着てヘルメットをかぶったマークが待っているではないですか。

「トリノに来たのですから、私たちはリンゴットにある、有名なフィアットの古いテストトラックを見に行くことにしました。それは現在高級ホテルとなっている建物の屋上にありますが、当時は見せてもらえるわけもなく、ウェイターに賄賂を渡して裏の階段から上がりました。屋上を歩き回っていると反対側から警備員が現れたので、慌てて逃げましたよ」

S76エンジンの発見は感動的だった。「フィアットがトリノのあちらこちらに所有している大きな建物のひとつへ案内されました。そこは古い物で溢れ、ついさっきまで使用されていたかのような作業台が工具と一緒に置かれていました。埃よけカバーの下に、取り外されたS76エンジンがあったのです。マグネトーと複雑なフィアット製キャブレターはなかったものの、大部分はそのまま残っており、オリジナルのヘレショークラッチ(訳註:ごく初期のマルチプレートクラッチ)や流線型のスターティングハンドルもありました」

固着したピストンやコンロッドを交換する必要があったものの、大きなクランクやフライホイール、シリンダーブロック、クランクケース、そしてすべてのバルブギアを含め、その他のオリジナルエンジンコンポーネントのすべてをレストアすることができた。ゼロから作り直さなくてはならなかったギアボックスを除き、大部分のメカニカルコンポーネントはS76オリジナルのものである。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.)Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:渡辺 千香子(CK Transcreations Ltd.)Translation:Chikako WATANABE (CK Transcreations Ltd.) Words:Mark Dixon 

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