クルー&グッドウッド・ロールス-ロイス|Jack Yamaguchi’s AUTO SPEAK Vol.7

1967年、クルー工場建屋外に置かれた新型シルヴァー・シャドウのボディ群

個人としては、まったく縁のないロールス-ロイス(以後R-Rと略す)であるが、半世紀にわたり、4度、3カ所の本社、工場を訪れた。経営系列は替わっても、社内に掲げられた創立者で偉大な技術者、サー・フレデリック・ヘンリー・ロイスの格言は不変だ。"QUIDVIS RECTE FACTUM QUAMVIS HUMILE PRAECLARUM"、『正しくなされしもの、いかに些細なりしも、気高し』

1960代、英自動車産業黄金期
1960年代は、英国自動車産業の黄金期といえる。戦勝国イギリスは、アメリカに次ぐ世界第二位の自動車生産、輸出国であった。61年になると復興目覚ましいドイツに抜かれるが、それでも自動車大国であった。

英国量産車の大半は、戦前型の発展というべき保守的な機構であった。シトロエンDS、VWビートル、ルノー4CV、フィアット600などヨーロッパ大陸の先進モデルを体験した英メデイア、ライターたちが批判を強めた。

一夜にして英車、それも庶民向けの車を一変したのが、1959年8月登場のBMCグループ ADO15、のちにミニを正式名とする小型車だ。私は、62年に発表されたイシゴニス流横置きエンジン前輪駆動の第二弾、ADO16"1100"の事前試乗で、丁度、カウリー開発部門に来ていた"ギリシャ神"(開発部内のニックネーム)サー・アレック・イシゴニスへの拝謁の栄に浴した。

BMC、イシゴニスに感激した"竹の箸型"の私だが、銀のスプーンを咥えて生まれた人たち(西洋の上級富裕層の形容)の車群への憧憬は禁じえなかった。

私にとあって、1960年代の天界の至宝的な車は英スーパースポーツカー、上級中型サルーン、そして超高級車3台であった。61年発表ジャガーEタイプ、63年ローバーP6・2000、そして65年ロールス-ロイス・シルヴァー・シャドウである。私は可能限り実車に接し、造り手に会い話を聞き、生産現場を見る努力をしてきた。

ジャガーのブラウンズレーン本社を訪ねたのは、1975年になった最後のEタイプV12と後継車のXJSを取材するためであった。Eタイプ、レーシングカーのCやDタイプ、XJ-Sを手掛けたデザイナーの元ブリストル航空機空力エンジニア、マルコム・セイヤーに会うことを望んでいたが、すでに1970年に逝去していた。ローバー2000と初代レンジ・ローバー開発指揮者であったスペン・キングを訪れたのは、彼の引退20年後だった。

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文、写真:山口京一 Words and Photos: Jack Yamaguchi

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