ロウレンス・ポメロイの「ザ・グランプリカー」|AUTOMOBILIA 第3回

ザ・グランプリカー

今回とりあげるのは、オートモビリア(自動車関連蒐集対象物)の中心的存在である書籍。それこそ数限りなく存在する自動車関連書物のなかから選んだのは、ロウレンス・ポメロイによる「ザ・グランプリカー」である。インターネットの普及による影響が最も顕著なもののひとつ、それは紙媒体かもしれない。

カーグラフィックと共に育つ
小さな頃からわたしにとってクルマは特別な存在だった。幼少期は特に、少し珍しいクルマが通ったりすると、必ず目で追いかけていた。小学生になると、ほとんどのクルマの名前を言えるようになる。その情報源は書店で立ち読みを繰り返していた自動車専門誌。小遣いも限られていたので、少年キングなどのマンガ雑誌とは一ケタ価格の異なるカーグラフィック(以下CG)は小学生にとって手の届かない存在で、とても購入することはできなかった。その代わり毎月CGの発売日から暫くは本屋に通い、一心不乱に通読した。

CGの熱心な立ち読み読者になって、クルマの名前を覚えたことのほかにも大きな変化があった。それは作文の上達。小学校4年次以降、学年文集に何度も選ばれたりしたのは、当時、毎月欠かさず読んでいた小林彰太郎さんの筆になるCGの記事によるところが大きいと思っている。

中学生になると、CGの気に入った号をすこしずつ購入するようになる。モーターマガジンやモーターファンなどと異なり、CGには通号で番号がふられている。男子と収集癖は切っても切れない。CGを本棚にならべると、その背表紙に打たれた番号から抜けている号のことが気になる。そこからいつしか、CGを全巻揃えたい、との気持ちが芽生え、高校から大学にかけて、古いCG探しに勤しんだ。

1970年代の話である。もちろん、インターネットなどはまだない。CGのバックナンバーを探すため、ひたすら古書店を巡った。おかげで、東京近郊の古本屋には随分と詳しくなってしまった。当時CGのバックナンバーを常備している店は限られていた。神田神保町の東京泰文社、その近くの文華堂書店、三軒茶屋の大雅堂、成城のキヌタ文庫、といったところ。ごくたまに、この手の店に初期のCGが入荷すると、それは高値で高嶺の花だった。

その点、町の古本屋には夢があった。もちろん、神田以上の値札をつけている店も少なくなかったが、3冊100円、といった籠の中にCGの創刊号が紛れているのを発見したりすることもあるので、古書店めぐりはやめられなかった。

文、写真:板谷熊太郎 Words and Photos:Kumataro ITAYA

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