フェラーリが生まれる場所|貴重なファクトリー訪問で撮影できた初公開写真9枚

フェラーリ工場



自己完結
テスタロッサ用のフラット12エンジンは、ギアボックス、リアアクスル、エグゾーストなどとともにサブフレームに組み込まれており、このまま車体に搭載できる状態になっている。仕上げが粗いエンジン・ブロックは、アメリカ製コンピューター(なにしろ1986年のことだ)で制御される機械によって磨き上げられる。エンジンはひとりの職人により組み上げられた後、移動用の台車に乗せられる。生産されていたエンジンのほとんどは V8かフラット12のどちらか。V8は328もしくはモンディアル用、フラット12はいうまでもなくテスタロッサ用だ。




鋳物職人たち
鋳物工場は驚くべき場所だった。なるほど、1980年代はまだ従業員の安全や健康にさほど注意が払われていなかった時代かもしれない。けれども、ここはおそろしく暑く、また溶かしたアルミをモールドに流し込むとそこら中に火花が飛び散った。しかも、アルミを流し込むのは職人による手作業で、彼らが身につけている保護器具といえば革製のエプロンしかない。とはいえ、これほど大きなシリンダー・ブロックが鋳造で作られる過程を目の当たりにするのは実に刺激的な経験だった。職人たちが揃って青い作業服を着ていることにも注目。フェラーリにあるものすべてが赤とは限らないのだ。




"赤"の誕生
このテスタロッサのように、完成したばかりの製品は、まず周囲を囲まれた場所でエンジンの試験を受ける。ただし、遮音はされていないため、かりに3台の試験が同時に行われると、まるで教会のように荘厳なフェラーリ・ミュージックが響き渡ることになる。さらに路上試験と最終検査を行った後、すべての仕様が書き込まれた文書をウィンドースクリーンに貼り付けてから外に運び出されて"虫干し"を行い、しかる後にディーラーに届けられたり、各国に向けて輸出されることになる。



かつての作品
検査場の角を曲がった先に、2台のF1マシンがひっそりと置かれていた。ミケーレ・アルボレートとステファン・ヨハンソンが駆った1985年モデルだ。たしか、No.27を走らせたアルボレートはこの年のドライバーズ選手権で2位に輝いたはず。聞けば、2台は売却済みで、アメリカに向けて運ばれるのを待っているところだという。ホコリを被ったシートの下に、これほど興味深い車が潜んでいるとは想像もつかなかった。


編集翻訳:大谷 達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words & Photography:Philip Rushforth

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