史上最も美しい車のひとつ「アストンマーティンDB4GTザガート」が真のサラブレッドである理由

アストンマーティンDB4GT ザガート (Photography:Paul Harmer)



DB4GTザガート誕生の経緯
私たちは、アルプスの山中を抜ける蛇のように曲がりくねった山道に"0178"を持ち込んだ。そこに佇むアストンの美しさは圧倒的だ。ザガート職人が叩き出したグラマラスな曲線、そしてルーフではなくボンネットに場所を移した施された"ザガートの証"であるダブルバブルが、エレガントでエキサイティングな外観を際立たせている。

1947年にアストンマーティン社を買収したデイヴィッド・ブラウンは、スタイリストであるフランク・フィーリーをイタリアのカロッツェリア・トゥーリングへ派遣した。フィーリーはニューポートパグネルのアストンへ戻るとDB2の設計を手掛け、1950年に生産を開始した。フィーリーがアストンを去ると、デイヴィッド・ブラウンとジェネラルマネジャーのジョン・ワイヤーは、1958年のロンドン・モーターショーで発表されることとなるDB4に採用する新たなデザインを求めて再びトゥーリングへ出向いた。この設計は1959年に登場したDB4GTにも引き継がれた。ホイールベースと全長は標準型のDB4よりも5インチ(127mm)短く、車重も85kg軽量化された。3.7リッターDOHC直列6気筒エンジンをベースにツインプラグヘッドを搭載し、DB4のSU製キャブレター2基に代えて3基のウェバーキャブレターを採用することで、出力を240bhpから302bhpへと引き上げた。3番目のモデルとなったDB4GTザガートでは、車重がDB4GTに比べさらに軽量化されており、314bhpを発揮する。

1919年に創立されたザガートは、軽量でありながら頑強なコーチワークで非常に高い評価を得た。1956年、当時23歳のエルコーレ・スパーダが加わった。彼こそがこの美しいDB4ザガートをデザインした人物である。スパーダはアストンマーティンから送られたシャシーを基に、外観の大まかなスケッチを描くことから始めた。次に斜め前からのデッサンを多数仕上げ、最後に木製の1/5モデルを作り、フルスケールの図面を描き上げた。アストンの承認を受けて造られたDB4GTザガートの第1号は、1960年アールズコートでのロンドン・モーターショーで発表された。

DB4からDB4GT、そしてGTザガートへの進化にともない、車重は1311kgから1209kgへ、出力は240bhpから314bhpへと、継続的な軽量化と出力の向上が図られた。DB4GTザガートは初めからレースを視野に入れており、ジョン・オジエが主宰するレーシングチーム、エセックス・レーシング・ステーブルのために2台が製造された。"1VEV"と"2VEV"のライセンスプレートを付けた2台はル・マン24時間にエントリーし、ドライバーにはジャック・フェアマンとベルンハルト・コーステン、そしてオーストラリア人のレックス・デイヴィドソンとビブ・スティルウェルが起用された。また3台目がフランスのディストリビューター、マルセル・ブロンドーによりエントリーされ、ジャン・ケルゲンとクロード・ドヴェがドライブした。エセックス・レーシングの2台はシリンダーヘッドのガスケットが脱落し、スタート後3時間以内にリタイアした。3台目は9位で24時間目に突入したが、終盤にピットイン際に再スタートできず、リタイアに終わった。

グッドウッドで開催されたツーリスト・トロフィーでが、この 3台にロイ・サルバドーリ、ジム・クラーク、イネス・アイルランドが乗った。しかしフェラーリが2台のSWBを投入。ドライバーに起用されたスターリング・モスとマイク・パークスはこの3時間のレースで、いとも簡単にアストン・ザガートを突き放してみせた。このレースでサリバドーリとクラークが14本のタイヤを使用したのに対し、モスが使用したのはわずか 10本であったことは興味深い。これはSWBがアストンよりもパワフルであり、車重が12%も軽かったためである。

モンツァで開催されたやはり3時間のGTレースでは、トニー・マッグスが"1VEV"でフェラーリに続き2位に。モンレリーで行われたパリ1000kmレースでは、1VEV(ドライバーはクラークとアイルランド)と2VEV(マッグスとウィットモア)がそれぞれ5位と9位で完走した。しかし1962年、フェラーリがGTOを発表するとザガートのレーシングキャリアは終わった。

このようにザガートは、より軽量で頑強かつ速いフェラーリに敗れ完全な勝者にはなり得なかったものの、もっとも刺激的なレースミーティングで、当時の偉大なドライバーたちによって素晴らしい成果を残した。当時このレースを見ていた人々の目には、この一流のドライバーたちがアストンをパワースライドさせて懸命にフェラーリを追っていた姿が焼き付いている。

現在、もし本当にレースに勝ちたいのであれば、この希少なDB4GTザガートではなく、コブラまたはライトウェイトEタイプを選ぶべきだろう。アストンにこだわるならば、DB4GTの方が幾分安価でしかもほぼ同等のパフォーマンスを発揮する。タデック・マレックが設計した3.7リッター6気筒エンジンは当時の270bhpから320bhp近くまで引き上げることができ、競争力のある快適なレーシングカーへと生まれ変わらせることが可能だ。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:渡辺 千香子(CK Transcreations Ltd.) Translation:Chikako WATANABE (CK Transcreations Ltd.) Words:Robert Coucher 

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