ジャニス・ジョプリンが愛したポルシェ|オークション直前に家族と交わした言葉とは?

1964ポルシェ356C SC カブリオレ

ロックシンガーとして富と名声を得たジャニス・ジョプリンは、ポルシェ356を手に入れるといかにも彼女らしいペイントを施した。これはジャニスが心から愛したポルシェの物語である。

1970年10月3日土曜日、サンセット・サウンド・スタジオでのレコーディングを終えたジャニス・ジョプリンは、ハリウッドのランドマーク・モーター・ホテルに帰ってきた。彼女は愛車のポルシェを駐車場に停めると、この日まで6週間にわたって宿泊していた105号室に向かう。そしてその部屋で、彼女は27年間の短い生涯を閉じることとなった。

サイケデリックに仕立てて
これがジャニスのポルシェである。むろんニセモノではなく、正真正銘の本物だ。この車は深く愛され、一時的にうち捨てられ、また深く愛されることになった。かれこれ20年間ほど走らせていないらしい。そして売りに出された。

私たちは、オークションの前にこの1964年製ポルシェ356CSCカブリオレの独占取材を許された。ちなみに、ジャニスがこのポルシェを手に入れたのは68年9月のこと。彼女が新車で購入しなかった点は注目されてしかるべきだろう。

親しい友人からパールと呼ばれていたジャニスは、自分の手元にやってきた356を心から愛した。そう聞いて、あなたはあの有名な歌詞を思い出すかもしれない。「ああ、神様、私にメルセデス・ベンツを買ってくれませんか? 友達はみんなポルシェに乗っているから、彼らを見返したいのです」彼女がこの曲を録音したのは、死の3日前にあたる10月1日のことだった。

1968年9月28日にジャニスが家族に宛ててしたためた手紙に、この車に関する下りがある。「先週、ポルシェを買ったの。とっても高性能で、高級で、最高の車よ」

彼女はビバリーヒルズのエステス-ジッパーという有名なディーラーでこのポルシェを見つけると、3500ドルで購入。するとすぐに、バンドのローディーであるデイヴ・リチャーズに「サイケデリックな仕立てにして」と頼んだ。

リチャーズはアートに疎かったものの、ジャニスからお礼に500ドルを受け取っていたこともあり、サンフェルナンド・バレーにある自宅に1カ月ほどこもってあれこれ策を練ると、いくつかのアイデアを実際に試してみた。最初にトライしたのはキャンディー・アップル・レッドをベースにオイスター・ホワイトの装飾を施すというもの。そして次に手がけたのが、抽象的な図形や具象的な図柄を緻密かつ大胆に配した、このデザインだった。

左のフロントフェンダーには、ジャニス自身と、当時の彼女のバンドだったビッグブラザー&ザ・ホールディングカンパニーのメンバーが描かれた。そしてこのポートレート周辺から左ドアの下半分にかけては、まるで恐竜の皮膚を思わせる模様が連なっている。同じ左ドアの上半分には、青い蝶やマッシュルームが見える。

ボディの右半分はこれとはだいぶ趣が異なる。背景になっているのはカリフォルニアの草原や山々で、その中央部をひと筋のワインディングロードが貫いている。この前方には魚が数匹と、女性の乳房らしきものが描かれているが、詳しくはわからない。また、リアフェンダーから右ドアの上部にかけては漆黒の宇宙が広がり、そこには無数の星が燦めいている。

テール部のデザインも独特だ。ライセンスプレートの両側に置かれたふたつの骸骨は虹によって結ばれており、微笑みを浮かべた太陽の額には山羊座のマークが刻まれている。そう、ジャニスは山羊座生まれなのだ。

ボンネットはどうか。その奥まった位置に鎮座しているのは"神の目"で、まるであたりを睥睨しているかのよう。そしてノーズに近い部分にはアゲハ蝶が見える。

ボディ全体を見渡すと、そこには明るく陽気な部分と暗闇が対比するように描かれていることがわかる。それはまるで、子供の頃は学校でいじめられ、大人になってからもアルコールや覚醒剤の中毒(彼女の死因はヘロインの大量摂取で、通常よりもはるかに純度の高い薬物を使用したことがその背景にあった)で苦しみながらも、家族とともに幸福な時間を過ごし、パワフルな歌声で観客を魅了し、カラフルかつ大胆な衣装に身を包んでスポットライトを浴びたジャニスの人生とぴったり重なって見える。

彼女はこのポルシェをこよなく愛し、毎日のようにドライブに連れ出した。当時は、ロサンジェルスのサンセンット・ブールバードやサンフランシスコのベイエリアで356に乗るジャニスの姿を見かけることがめずらしくなかったという。豊かな髪を風になびかせ、カラフルなオープンカーを操るジャニスは、まるで過去と決別しようとするかのようにしてポルシェを走らせた。友人やバンドのメンバーのなかには彼女がステアリングを握るポルシェに同乗した者もいたが、彼らによると、ジャニスは本当に運転が好きだったという。


ジャニスと彼女が愛したポルシェ。サンフランシスコのプレシディオ・パークに建つパレス・オブ・ファイン・アーツ前にて。

編集翻訳:大谷 達也 Transcreation: Tatsuya OTANIWords:David Lillywhite Photography:Matthew Howell 取材協力:RMサザビーズ(www.rmsotherbys.com)

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