ジャニス・ジョプリンが愛したポルシェ|オークション直前に家族と交わした言葉とは?

1964ポルシェ356C SC カブリオレ



信じられないことに、このポルシェは一度盗難に遭ったことがある。それは、1969年のある夜、ジャニスがサンフランシスコのウィンターランドでステージに立っているときのことだ。

当時、この356はすでに有名になっていたので、犯人はカラースプレーを吹きかけて派手なペイントを隠そうとした。しかし、デイヴ・リチャーズが強力なクリアコートでサイケデリックな塗装を保護しておいたおかげで、美しいデザインにほとんどダメージを与えることなく、本来の姿を取り戻すことができた。

この事件以降、ジャニスはさらに運転にのめり込むようになり、コンサートやレコーディングの合間を縫っては356でウェストコーストを駆け巡り、サンフランシスコ郊外のラークスパーに建つ"隠れ家"を訪れた。

わずか27才でジャニスがこの世を去ったとき、ホテルには数多くの報道陣が詰めかけたが、彼女の代理人であるロバート・ゴードンは素早くポルシェに乗り込むと、ひと目につきにくい場所へと移動させた。その後、芸術的な356はジャニスの両親に引き取られたが、ふたりは彼女のマネージャーだったアルバート・グロスマンに譲ることを決める。アルバートは、自宅のあるニューヨーク州ベアーズビルでポルシェを保管し、しばらくは友人やクライアントなどに貸していたが、そうする機会もやがて減り、いつしかガレージに放置されたままとなった。

これを知ったジャニスの両親は、グロスマンにポルシェの返却を願い出る。そして1973年、ジャニスの弟であるマイケルがニューヨークに出向き、356を引き取ってくることになった。

ところが、長年メンテナンスを受けていなかったために、タイヤはパンクし、キャビンにはゴミが散乱している状態だった。これにショックを受けたマイケルは、安心して走れるコンディションに戻したうえで、オハイオにある自宅まで乗って帰ったという。以来、このポルシェはマイケルと妹のローラが所有してきた。

「あの頃は、本当にひどい状態でした」マイケルはそう語りながら、亡くなった姉とポルシェにまつわる記憶を呼び覚まそうとしていた。「なにしろ、何年もガレージに置きっぱなしだったんですから。おかげでゴム類やタイヤ、それにバッテリーなどを交換しなければいけませんでした。ポルシェは僕とローラの間を行ったり来たりするようになりました。ローラが数年乗って、その後は僕が何年間か乗って、またローラに戻すというようなことを繰り返していたのです。僕たちは毎日のようにポルシェを運転して、買い物などに出かけました。特別なことはせず、ただ通常のメンテナンスだけ行っていれば、ポルシェはいつでも快調に走ってくれましたし、運転することが楽しくて仕方ありませんでした」

「でも、そうしたメンテナンスを行うのもだんだん難しくなっていきます。ポルシェが補修用パーツの生産を打ち切ったので、あちこちに出かけて中古のパーツを探さなければならなくなったのです。なかでもトリム関係のパーツを手に入れるのは非常に困難でした」

1970年代後半に入ると、分厚く塗られた塗料が徐々に剥がれ落ちてしまうようになる。そこでサイケデリックなペイントが施される以前の状態に戻すべく、再塗装が施された。

ジャニスが愛した姿に戻す
やがて、時代とともにジャニスの評価が高まり、やがてローラが執筆した"Love, Janis"をベースにした舞台が企画され、1994年にローラが暮らすデンバーでその初演が催されたことにあった。これを機に、356のサイケデリックなペイントを復元する計画が持ち上がり、芝居を演じるふたりの役者、ジャナ・ミッチェルとアンバー・オーウェンがプロジェクトに手を貸すことになったのだ。

「僕たちはまず、できるだけ多くの写真を集め、それをもとに復元を行うことにしました」作業の結果に満足しているかと私が問うと、ローラは笑いながら「アナタ、それ本気で言っているの?」と投げ返してきた。

「僕たちはもちろん満足しています。確かに微妙に異なっている部分はありますが、どれも些細なことばかりです」とマイケル。

完成したポルシェは、芝居が演じられるデンバー・センターのロビーに展示された。「何度もショーに足を運びました。ジャニスの物語と車。どちらも、もともとはとてもパーソナルで、私たち家族だけのものでしたが、物語が芝居として演じられることで、ジャニスの生き様やポルシェは次第に広く知られるようになりました。それは、私の人生さえ変えてしまうような一大事でした」とローラは語っている。

舞台は2008年に幕を閉じるまでアメリカ各地で演じられたが、ポルシェの行く末を案じたマイケルとローラは、1995年、クリーブランドに建つロックンロール殿堂に貸与することを決める。以来、ジャニスのポルシェはここで平穏な歳月を過ごしてきた。



編集翻訳:大谷 達也 Transcreation: Tatsuya OTANIWords:David Lillywhite Photography:Matthew Howell 取材協力:RMサザビーズ(www.rmsotherbys.com)

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