マセラティのロードカーの頂点に君臨する傑作|マセラティ・メキシコ・フルア

1967年マセラティ・メキシコ・フルア(Photography: Dirk de Jager)

ヴィニャーレがスタイリングを手掛けたマセラティ・メキシコには、ピエトロ・フルアが手がけた美しいワンオフが存在する。

ここに紹介するフルア・ボディのマセラティ・メキシコは、アガ・カーン(訳註:インドの大富豪、競走馬やスポーツカーのエンスージアストとして知られた)が特別注文した豪華グラントゥリスモ、マセラティ5000GTから続くデザインの集大成ともいえる傑作である。

2台だけのメキシコ
マセラティがギブリやクアトロポルテといった名車を生み出したのは、オルシ家のオーナーシップが終焉を迎える1960年代のことだった。"メキシコ"が登場したのもその頃で、活動的なジェントルマン・ドライバーをターゲットにしたスポーティーな4シーターとして、1965年のトリノ・モーターショーで発表された。ヴィニャーレのヴィルジーニョ・ヴァイロがデザインしたおとなしいボディをまとい、マセラティの典型的なチューブラーシャシーに、リアはリジッドアクスルを組み合わせ、四輪にガーリング製ディスクブレーキを備え、4.7リッターのV8エンジン(1969年から低価格の4.2リッター仕様も加わる)を搭載した。

この生産型のほかに、カロッツェリア・フルアが手がけた"ワンオフ"のメキシコが2台だけ存在する。1台は4.2リッターエンジンを搭載し、ヘッドライトが半分埋め込まれたようなデザインを持ち、同じくフルアが手がけたミストラルに似ている(実際のところ、3分の1はミストラルのボディを流用していた)。もう1台が今回の主役、シャシーナンバー112.1.103である。標準型と同様に前下がりのノーズだが、フロントバンパーの位置が低く、クラシカルな4灯式ヘッドランプのグリルを備える。ほかにも目立たないものの、大きく異なる点がいくつかある。

フルアがマセラティと組んだのは、これが初めてのことではなかった。1950年代には、A6G 2000のスパイダーとクーペ、 A6G54のスパイダーとベルリネッタのためにボディをデザインしたことがある。だが、フルアによる"トライデント"の代表作といえば、5000GTのコーチワークが挙げられるだろう。これはクアトロポルテなど、その後手がけるマセラティの素地ともなった。フルアがデザインしたものは3台ある(そのうち5000GTのエンジンが搭載されたのは2台だった)。その2台目はアガ・カーン4世からの依頼を受けて製作したもので、のちに父親の妻であった女優のリタ・ヘイワースの手に渡ったといわれており、フルアとマセラティによるコラボレーションの頂点を飾る傑作だ。一方、最もよく知られたフルアのマセラティといえば、1965年発売のミストラルだろう。


テールは標準型よりすっきりとしたスタイリングだ。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: Marc Sonnery Photography: Dirk de Jager THANKS TO the owner, to Giuliano Silli, the Frua family archivist Roberto Rigoli, Stef

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