マツダ・ロードスターと細く赤い糸で結ばれたイタリア車|O.S.C.A.1600GTSベルリネッタ・ザガート

写真:デレック槇島 Photography:Derek MAKISHIMA

この真っ赤なベルリネッタには興味深いヒストリーが秘められている。そのオドメーターは、たった5000kmほどなのである。

ニューヨーク国際オートショーの会場で行われた、2016年ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー(WCOTY)発表の場で、今年の大賞にマツダ・ロードスターが選ばれたことが発表された。

その吉報から間もなく、1台の赤いイタリア車がニューヨークで待つ新しいオーナーの元に旅立っていった。その名はO.S.C.A.1600GTSベルリネッタ・ザガートといい、1960年代初頭にイタリアのボローニャで生を受けた、まさに逸品だ。これとマツダ・ロードスターとO.S.C.A.(以下、本稿ではOSCA、またはオスカと表記)の間には直接的な関連性は皆無だ。だが、実は限りなく細い赤い糸で結ばれていたのではないかと、私はそんなロマンチックな想いに浸いながら、この稿を書き始めた。

OSCA1600GTS "0091"のヒストリー
なぜなら、この真っ赤なOSCA1600GTSベルリネッタは、新車当時に東洋工業(現:マツダ株式会社)が入手したものだからだ。1960年代(現在も)には、日本の自動車会社は、海外から多くの注目すべき新車を参考・研究用に購入している。それらの多くは秘密のベールに包まれているが、噂は漏れてくる。スポーツカーに限って思いつくままに挙げてみれば、ロータス・エリートやエラン、ファセル・ヴェガ、同ファセリア、アバルト・ビアルベーロ、アルファでは1600や2600など、またデ・トマゾ・マングスタやフォードGT40などもカーテンの中に呼び込まれていった。そうしたなか、東洋工業が世界的にも希有なメイクであるOSCA1600GT、それも最も高性能な仕様であるGTS"0091"を入手していた事実には驚かされる。

これは私の個人的な想像の域を出ないが、高性能なイタリアン・グラントゥリスモと、その4気筒DOHCエンジンを調査することが目的ではなかったと考えられる。シャシーは量産に不向きな鋼管ラダー式であり、ボディは手叩きのアルミ製だ。この"0091"をよく観察すれば、希有なツインプラグ仕様であるばかりか、耐久レース仕様の大容量ガソリンタンク、軽量仕様のドアハンドルやダッシュ備えられていることがわかる。このOSCAを編集部に紹介してくれたクラシックカー・ディーラーの佐藤氏によれば、世界中で確認できた現存する28台の1600GTSザガートの中でも、これほど高度なスペックを持つ存在は希有だという。

このOSCAが東洋工業に運び込まれた1960年代の初頭、同社にとっては、将来に向けて、商品・技術競争力を飛躍的に高めることが大きな課題であった。当時の松田恒次社長は「会社が生き残るためには独自の技術が必要だ」と考え、1961年7月にはNSU社/ヴァンケル社と技術提携を結び、同年11月にはマツダ製ロータリーエンジンの試作1号機を完成させている。だが、その生産化までには立ちはだかる技術的難問を乗り越えなければならず、技術者の奮闘が続くことになる。こうした会社の事情と、高速道路さえない当時の日本の自動車を取り巻く環境では、東洋工業がOSCAから直近の生産車にために学ぶことは少なかったのではなかろうか。もちろん技術者の好奇心と探究心を満たし、将来の糧になったことは言うまでもないだろう。

OSCAは、そう多くの距離を刻むことなく、役目を終えると倉庫で長い眠りについた。ロータリーエンジンが完成すると、それが同社の高性能エンジンの柱となった。ちなみにマツダがDOHC4気筒搭載車を市販するのは、1985年になってからである。

"0091"のキーに添えられていた木製のキーホルダー。オスカの文字が見える。新車当時からこの車に付いていたのだろう。まさに文化財だ。

文:伊東和彦(Mobi-curators Labo) Words:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.) 

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