栄光と悲しみに満ちた、あるレースカーの数奇な運命|アルファロメオ・ジュリア・スプリントGTA

1965年式アルファロメオ・ジュリア・スプリントGTA(Photography:Mitch Pashavair)

しばらくの間、ただのヒストリックレーサーとして扱われていた1台の1600GTA。だがそれは、1966年にオランダ・ツーリングカー選手権でチャンピオンに輝いた後、表舞台から姿を消して所在が判らなくなっていたマシンだった。そしてレースでの栄光と関わった人物達の悲しみの物語を背負う、貴重なマシンでもあった。その過去と復活を追う。

コッツウォルド南部のティドリーウィンク村を抜け、英国一美しいと称された村に差し掛かる少し手前に、カッスルクーム・サーキットがある。グッドウッドなどと同じように元は飛行場で、1950年にオープンした、タイトでテクニカルというよりは高速でオープンなコースだ。

今日はたった1台が占有していて、そのサウンドは私が古いポルシェ944を駐車しようとしているときから聞こえていた。チーム・スロートマーカーの1965年式アルファロメオ1600GTAコルサだ。レストアしたアルファロメオのスペシャリスト、アルファホリックスのマックス・バンクスは、ドライビングを大いに楽しんでいるらしい。

栄光と悲しみに満ちたヒストリー
マックスとは2014年のモントレー・オートウィークの最中に、ラグナセカのパドックで鉢合わせした。思わず引き込まれてしまうほどの情熱で、スロートマーカーのGTAについて語っていたのを覚えている。すでにレストアは始まっており、そのヒストリーについて徹底的に調べているところだった。

マックスはこのように語っていた。

「オーナーに判っていたのは、アウトデルタのパーツがたくさん付いた1600GTAということだけだった。有名なヒストリーについては何ひとつ知らなかったんだ。アウトデルタのパーツがあれだけ装着されているのに、平凡な1600GTAであるはずがないだろう。シャシーナンバーから調べてみると、1966年にオランダ・ツーリングカー選手権でチャンピオンを獲得したチーム・スロートマーカーのマシンで、ドライバーはヴィム・ロースだったことが判ったんだ」

「特徴的な部分も見つけられたよ。たとえば、リアウィンドウには"Rob Slotemaker’s Anti-Slipscholen"(ロブ・スロートマーカーによるコーナリング・スクール)と書かれたステッカーが貼ってあった。ステアリングのスポークには親指を守る緑色のパッドまで残っていて、以前に見た古い写真と一致したんだ」

賞賛されるべきヒストリーとともに、悲劇的な過去も浮き上がってきた。このGTA(シャシーナンバーAR613486、登録ナンバーROMA854273)は、まずローマに出荷され、1966年の春にロブ・スロートマーカーが購入。もう1台のGTA(シャシーナンバーAR613099)とともに、2台態勢でオランダ・ツーリングカー選手権に参戦した。スロートマーカー自身が613099をドライブし、このGTAは期待の若手だったヴィム・ロースに託された。

「ロースは1966年のシーズンに3勝し、2位も2回獲得して、初参戦にしてオランダ・ツーリングカー選手権のチャンピオンに輝いた。翌年はさらに素晴らしい戦績で、緒戦から4戦4勝を飾った。けれど、シーズン半ばにスパ24時間レースを別のジュリア・スプリントGTVで走っていて、大事故に遭って亡くなったんだ」



編集翻訳:嶋田智之 Transcreation:Tomoyumi SHIMADA 原文翻訳:木下恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Glen Waddington Photography:Mitch Pashavair Special Thanks:Alfaholics www.alfaholics.com.

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