なぜアルファロメオの「デイトナ」はル・マンでトップ3独占という快挙を成し遂げられたのか?

取材協力:Fiskens(www.fiskens.com)からティーポ33/2を借用した。またアスカリ・レース・リゾート(www.ascari.net)での撮影をアレンジしていただいた。(Photography:Paul Harmer)

ティーポ33/2でモータースポーツ活動を再開したアルファロメオは、ル・マンで2.0リッター・クラスのトップ3を独占するという快挙を成し遂げた。耐久レーサーのサム・ハンコックが、その謎に満ちたパラドックスを解き明かす。

若者を対象にアンケート調査を行えば、おそらくフェラーリが世界でもっとも有名なスポーツカーメーカーということになるのだろう。しかし、いつの時代にもこの結果が正しいとは限らない。たとえば20世紀前半に限っていえば、アルファロメオほど力強い存在感を示し、国際的なモータースポーツで数多くの成功を収めた自動車メーカーはほかになかったといえる。彼らと肩を並べることができるのはメルセデス・ベンツくらいのものだ。

P2、ティーポB(P3)、8C2300、アルフェッタ・グランプリカーといった歴代のレーシングカーは、ミラノに建つアルファロメオ本社のキャビネットに収まりきれないほど数多くのトロフィーをもたらしたが、その経営権がイタリア政府の管轄下に置かれていた1953年、彼らは突如としてモータースポーツ活動から撤退してしまう。したがって、その14年後に世界トップレベルのレースに挑むとアルファロメオが発表したとき、イタリアのファンがとれほど狂喜乱舞したかは想像するにあまりある。きっと、ポルシェが2014年にル・マン24時間の最高峰クラスに復帰したときに匹敵する熱狂振りだったことだろう。

1967年3月に発表されたスポーツレーシングプロトタイプのティーポ33/2は、1953年にディスコヴォランテを生み出して以来、アルファロメオが久しぶりに世に送り出した生粋のレーシングカーであり、フアン-マヌエル・ファンジオが最初にタイトルを勝ち取ったグランプリカーであるティーポ159アルフェッタの栄光を引き継ぐことが運命づけられたモデルだった。そしてまた、胸が締め付けられるほど美しく、ごくわずかな台数が限定生産されたに過ぎないロードバージョンのストラダーレも、このティーポ33をベースにして誕生したのである。

超高回転型V型8気筒2.0リッターエンジンを搭載(モデル名の"2"はエンジン排気量に由来している)したティーポ33/2は、アルファロメオに商業的な成功をもたらしたことでも知られる。なにしろ、その最大の目標は2リッター・クラスのタイトルをポルシェから奪い取り、ブランド・イメージを向上させることにあったのだ。したがってサーキットで数々の栄冠を勝ち取ったティーポ33が販売台数の拡大に大きく貢献したことはいうまでもない。


アルファV8の排気量は2.0リッターしかなかったため、ポルシェと同じクラスで戦うことができた。1960年代に自然吸気の2.0リッターエンジンから270bhpを生み出していたのだから、無敵だったのは当然だろう。

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:Sam Hancock Photography:Paul Harmer

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