クライスラーとの知られざる関係から生まれた名車|フィアット8Vギア・スーパーソニック

1953年フィアット8Vギア・スーパーソニック(Photography:Dirk de Jager)



こうしてレストアが始まった。ビヘーゲルは次のように説明する。「この車にふさわしい徹底的な配慮をし、細部に至るまでオリジナルの状態に復元しようと決意した。リスクはあったが、ルー・ファジョルのバンパーも取り付けた。完全に元に戻せる形でね。すべては、60年前の1955年ペブルビーチ・コンクールとまったく同じ状態で出品するためだった」

「この車は、1955年以降は公の場に出ておらず、ずっと個人所有だったから、完全に忘れ去られていた。ガレージの中でレストアされるのを待っていたんだ。ビル・ロスは定年後にプロジェクトに取りかかったが、あまりにも難しいので断念した。車が私の手元に届いたのは入手してから数カ月後で、残された時間は2年ほどしかなかった。1970年代以降、本格的なレストアを受けていなかったから、かなりひどいコンディションで、オリジナルの状態に戻す必要があった」

「まずは車を分解し、揃っているコンポーネントのリストを作って、なくなっているパーツを確認し、その調達に取りかかった。重要なパーツをすべて集め、正当な8Vのエンジン(00017)を探しだしたところで、いよいよ作業に取りかかる時が来た」

レストアを託されたのは、オランダのハーレムにあるストラーダ・エ・コルサだ。スポーツカーやレーシングカー、グランツーリスモのレストアと販売を行うスペシャリストで、特にイタリアンカーを中心に扱っている。

兄弟でストラーダ・エ・コルサを経営するレナートはこう話す。

「大変なプロジェクトでした。非常にパワフルなシェビーのエンジンとギアボックス、リアアクスルが取り付けられ、あらゆるモディファイが加えられていたからです。オリジナル状態にレストアするには、元のギアボックスやリアアクスルの取り付けに必要な専用のパーツをすべて造らなければなりませんでした。しかも、ギアボックスやリアアクスルは失われていたので、それもすべて造る必要がありました」

「リアアクスルとギアボックスのパーツは、ギアからスプロケット、ピニオン、シャフトに至るまで、ひとつ残らず私たちが鋳造・加工しました。幸い、サンプルとなる他の8Vがワークショップにあったので、そのギアボックスやリアアクスルのパーツを3Dスキャンにかけました」

「リアアクスルとギアボックスのケースは木型を造って鋳造しました。現代のアルミ合金を使用したので、1953年当時のアルミニウムに比べて8倍の強度があります。シリンダーブロックについてはラボで金属分析を行いました。その結果、1950年代初頭の片手鍋などと同じ、品質の低い素材を使っていたことが分かりました」

「私たちはプロジェクト全体を最初から最後まで管理しました。車がアメリカから届くと、それを分解し、シャシーとボディはベニス近郊の会社に送って、ボディワークのレストアと塗装を委託しました。私とオーナーも年に5回赴いて作業を確認しましたよ。私たちストラーダ・エ・コルサは、メカニカルパーツのレストアを担当しました。ペダルボックス、ブレーキ、エンジン、クラッチ、キャブレター、リアアクスル、ステアリングハウジングなど、すべてです」

レストアが完成して初めて、マーク・ビヘーゲルはスーパーソニックを運転して、自身が所有する他の8Vとの比較もできた。その印象をこう語る。「ザガートもアルミボディですが、ザガートもシアタもスポーツカーのような走りをします。対してスーパーソニックは非常に静かで、最新のGTカーのようです。レース用の車じゃない。ブルバード向きでしょうね」

「ペブルビーチのコンクールには初参加だったので、期待してはいけないと自分に言い聞かせていました。私の車は一般客やエンスージアストから非常に注目されましたが、車を吟味して最終的な判断を下すのはプロの審査員の仕事だということは、私もよく分かっていましたよ」

「だから、表彰台に上がるために並ぶように言われたときには心底驚きましたね。3位の発表で自分の名前が呼ばれなかったので、緊張はいっそう高まって、2位の発表でも別の車が表彰台に呼ばれたときには耳を疑いました。その瞬間、緊張と驚きと喜びがないまぜになって、胸がいっぱいになって、ついにクラス最優秀賞を受け取るために車を表彰台に運転していきました。まさに忘れられない瞬間だったなあ」

オーナーの喜びは当然だが、受賞もまた当然といえるだろう。スーパーソニックには語るべき多くの物語がつまっているからだ。

外観だけでなくインテリアもエキゾティックだ。

1953年フィアット8Vギア・スーパーソニック
エンジン:1996cc、V型8気筒、OHV、ウェバー製36 DCF3キャブレター×2基
最高出力:105bhp/6000rpm 最大トルク:15kgm/3600rpm
変速機:前進4段MT、後輪駆動 ステアリング:ウォーム・ローラー
サスペンション(前・後):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、油圧式ダンパー
ブレーキ:4輪ドラム 車重:997kg 最高速度:180km/h 0-100km/h加速:11秒

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:David Burgess-Wise Photography:Dirk de Jager

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