ニキ・ラウダがどうしても手に入れたかったGTO|エンツォから贈られた「フェラーリ288GTO」

1986年フェラーリ288GTO(Photography:Webb Bland)



「物書きの端くれなら誰だって、GTOのツインターボエンジンの雄叫びと獰猛なパワーをなんとか文字で表現したいと思うはずだ。そのサウンドは走り回るバッファローの群れの中にいるか、あるいは四方からインディアンに攻められているかのようだった」

「ニキは両手でしっかりとステアリングホイールを握っていた。"ハンドリングが利いているのが分かるか?"とエンジン音に負けないように彼が叫んだ。利いているとは、ステアリングが路面状態をニキに正確に伝えているという意味だ。"テールが振り出しそうになっていることが感じられるか?"と彼が訊ねた。そう、私にも感じられた。できれば感じたくなかったけれど」

伝説的なF1ドライバーと一緒にドライブすることについては、「アウトストラーダのすべての料金所に友達が待っているようなものだ」という。「ガソリンスタンドでは停まる度にパーティーのようだった。ニキを見て声を挙げないイタリア人はひとりもいなかった」

二人はザルツブルグで遅いランチを食べてから、そのままラウダの自宅へ向かったという。「ニキは自宅にアーティストのスタジオのようなガレージを作っていた。リビングから階段を下りてくると、そこに停めてあるフェラーリが目に入るんだ」

当時そのままの姿
ラウダのガレージで何年かを過ごした後、"58329"の288GTOはフェラーリ自身のミュージアムに収められた。その後、米国在住のコレクターである現オーナーが手に入れたという。GTOはラウダがイタリアからザルツブルグへ自走した際に使った"EscursionistiEsteri(国外旅行用)304AK"のナンバープレートまで当時の姿そのままだ。しかもこのGTOはマラネロのフェラーリ・クラシケで完全なオーバーホールを受けているという。そもそもこの車は一旦生産が終了してから特別に製造されたものであり、他の車よりもさらに注意深く組み立てられているはずだ。ケブラー・フレームにレザー張りのシートに乗り込む時には、身構えるなと言うほうが無理だ。見ても触っても、その匂いも特別である。

スターターボタンを押すとたちまちエンジンは目覚めた。エアコンは冷たい空気を吹き出し、グラウンドクリアランスも充分でどこかに顎をこする心配もなし、スーパーカーとしては視界も素晴らしい。低速で街中を走るのは何ら問題なく、実際よりもボディサイズが小さく感じられる。乗り心地は固く小刻みに揺すぶられるが、ペースを上げると徐々にスムーズになっていく。クラッチは395PSのスーパーカーにしては意外に軽く、ギアボックスも暖まっていれば苦労せずに正確に操作できる。

スピードが増すにつれて、フェラーリがエンジンをシャシーのできるだけ真ん中に搭載した結果、抜群のバランスを獲得したことが分かる。車全体の剛性は非常に高く、ノンパワーのステアリングは驚くほどのフィードバックをもたらしてくれる。実に精密でニュートラル、だが288GTOの秘密はその軽さにある。

ワインディングロードに踏み入ると、操縦感覚がスポーツカーからスーパーカーへと変化していく。ターボの効果は強烈だが充分に予測できるもので、パワーは容易にコントロール可能だ。おかげで車がさらに軽く敏捷になったように感じる。ほとんど2倍も重量のある現代のスポーツカーと比較するのはこの点だけで難しい。ノンパワーのステアリングは最新の電動アシストが恥ずかしく思えるほど素晴らしいが、漸進的だが非常に重いブレーキは現代のスーパーカーには敵わない。この点だけは、やはり288GTOがクラシックであることを露わにしている。しかし、そのことがGTOを運転する歓びを少しも損なうわけではない。しかもこの車はただのGTOではなく、エンツォが贈ったラウダのGTOなのである。

車を停めて改めて眺めてみる。とりわけ後ろから見ると、その力強いボディの幅とフェンダーの曲線、鋭く断ち切られたカムテール、そして剥き出しのギアボックスが素晴らしい眺めを形作っている。過去30年の間にフェラーリが生み出したどんなスーパーカーも、美しさでは288GTOの魅力に敵わないだろう。それどころか、それらはすべてGTOに敬意を払っているといえるかもしれない。30年も前に、フェラーリはとてつもない大ホームランを放ったのである。

編集翻訳:高平高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA Words:Joe Sackey Photography:Webb Bland

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