メルセデス・ベンツ300SLガルウィング|あるオーナーが語る「夢のような名車」と歩んだ40年

1955年メルセデス・ベンツ300SL ガルウィング(Photography:James Lipman)

『Octane』寄稿者のデルウィン・マレットは、華やかなロンドンの中心街で1960年代にメルセデス・ベンツ300SLガルウィングと出会い、いつか所有しよう心に決めた。その夢を1974年に叶えて以来、ガルウィングとともに歩んできた40年を振り返る。

1960年代、流行の発信地"スウィンギング・ロンドン"の中心に私はいた。ある日、勤めていた広告代理店から、有名なデパートのハロッズに出掛けた私と友人は、店の前で思わず足を止めた。目の前に鮮やかなオレンジ色のメルセデス・ベンツ300SLガルウィングが停まったのだ。実物をこの目で見たのは初めてだった。助手席のドアが跳ね上がると、"ホットパンツ"を履いた飛び切りの美女が車内から現れた。時が止まったかのように、誰もがポカンと見送った。私が「いつか必ず手に入れてやる」(美女ではなくてガルウィングを)と誓ったのはそのときだ。だが、それが本当になるとは夢にも思わなかった。

私とガルウィングの出会いは美術学校時代にさかのぼる。フランス・ヌーベルバーグの傑作『死刑台のエレベーター』を見たときだ。妖艶なジャンヌ・モローと、マイルス・デイビスのサウンドトラックが印象的な作品だが、その中に、黒のレザージャケットに身を包んだ不良少年がガルウィングを盗んでパリを疾走する場面があった。最先端を気取る私のような若者にとっては、真似をせずにはいられない魅力的なものに溢れた映画だったが、ガルウィングに惹かれた理由は格好良さだけではなかった。車に無関心な家族の中で、私だけはディンキーのミニカーで遊んだ子どもの頃から車に夢中だったのだ。

私のヒーローはメルセデスのドライバー、スターリング・モスだった。そんな私のイマジネーションを掻き立て、ドイツ車に目を向けさせたのが、『シェル・ヒストリー・オブ・モーターレーシング』というドキュメンタリーシリーズだ(監督のビル・メイソンは、ピンク・フロイドのドラマーでエンスージアストとして知られるニック・メイソンの父親)。特に『巨人たちの激突』と銘打った1本は、国の支援を受けたメルセデスとアウトウニオンがレースで熾烈な戦いを繰り広げる様を描いており、その後、私がポルシェやメルセデスに夢中になるきっかけとなった。

夢が現実になったとき
時は流れて1974年。私は数年前から広告業界でアートディレクターとして働いており、懐具合は上々だった。対してイギリス経済は明らかに下降線をたどっており、ポンドは世界の通貨、特にドイツマルクに対抗できず、インフレ率は過去30年で最高の水準だった。イギリスは欧州共同体に加盟したばかりで、加盟継続の賛否を問う国民投票が数カ月後に迫っていた。

メルセデスは全国紙に一面広告を出し、ガルウィングがオークションで約5000ポンドの高値を付けたことを取り上げて、株を上回る投資先だと宣伝していた。もちろん、私にはそんな理由付けなど必要なかった。

毎日乗っていたBMW 2002tiiを手放すと、約2300ポンドになり、狙っていた車の購入費用がほぼ賄えた。こうして私は"インフレに強い"ガルウィングのオーナーとなった。「誇らしい」という言葉では足りなかった。天にも昇る心地とはまさにあのことだ。私が手に入れたときはすでにシルバーに塗り直されていたが、優良品の半額だったから、イギリスで一番の車だったわけではない。それでも、ガルウィングがついに自分のものになったのだ。

だが、友人からは狂人扱いされた。1960〜70年代、一般の人々にとって古い車は文字通り"古い"だけのものであり、新車に手が届かない人が買うものだった。「数年ぶりに見たよ」という程度の反応を示す友人もいたが、オーナーである私の株が上がったわけではない。それは小さなエンスージアストの輪の中だけのことだ。そもそもエンスージアスト自体が富とは無縁の存在だった。

あれから40数年の間に多くのことが変わったが、私の胸とガレージの中で占めるガルウィングの位置は少しも変わっていない。300SL(ロードスターもあるが、ここではガルウィングと同義語としよう)は1954年に発売されると、世界に"スーパーカー"という概念を知らしめた。そしていまだに、とびきり"スーパーな車"だ。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Delwyn Mallett 

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