1930年代「流線型の10年」に生まれたイングリッシュ・トラム

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電球で照らされたプロムナードが世間の注目を浴びていた古き良き時代は過ぎ去ったが、ブラックプールの街を走るトラムは、それでもなお退陣させられないことを示したトレンドセッターであった。

1930年代は、"流線型の10年"といわれる。エアロダイナミクスの研究や理解により、流線型の採用が加速し、飛行機、列車、自動車等の高速移動するものに応用された。そればかりか、アール・デコとシームレスにブレンドされて流行のファッションになり、"速そうなデザイン"の冷蔵庫のように、日常のアイテムにまで影響を及ぼした。

トラムの最高速度は43mph(約69㎞h)だったので、流線型にしたところで、そう効果があるわけではなかったが、時代がそのデザインを選ばせた。

1934年にイングリッシュ・エレクトリック・カンパニーは、流線型トラムの新シリーズを出した。1918年12月に創業した同社は、第一次大戦中に武器や弾薬、兵器、航空機の製造に転換した5社から構成されるコングロマリットを前身としている。社名が示すように、新会社はディーゼルエンジンや蒸気タービン、鉄道機関車向けの電気モーターとトランスの生産に特化していた。その5社のひとつが、ランカシャー州プレストンに構えるDick-Kerr社で、同社はイギリスでは大手の電動トラムメーカーのひとつであった。イングリッシュ・エレクトリック社は、間もなく消費者向け電気機器に進出したが、今日では、キャンベラ爆撃機やライトニング戦闘機が最もよく知られ、1968年にGEC社に合併された。

世界初の電動トラムは、ウクライナ生まれのエンジニア、フョードル・ピロツキーによって初めて製作され、1880年にサンクトペテルブルグで運行している。ピロツキーの実験を目の当たりにして影響を受けたドイツの起業家、カール・ハインリッヒ・フォン・ジーメンスは、1881年にベルリンに戻ると、兄でその名を社名とした巨大電気会社の創業者ヴェルナーとともに、世界初の常設電動トラムシステムに着手した。電動トラムは、たちまち馬が牽く様々なものに取って代わり、世界中の大都市で走り回るようになった。1885年には彼らはブラックプールにも進出した。

ブラックプールのプロムナードは、街路照明が設置された1879年に電化を果たし、1885年9月29日には、イギリス初の路面電動トラムを運行するブラックプール・エレクトリック・トラムウェイ・カンパニーが発足した。 

1933年、トラムが全国的に急激に落ち込み、電動トロリーバスや電動バスに取って代わられていた頃、ウォルター・ルフがブラックプール・トラムウェイの新しいマネージャーに就任し、その後20年間務めることとなった。失敗を恐れず、当時の流れにも逆らい、ルフは近代化の5カ年計画に着手した。イングリッシュ・エレクトリック社へ合計27 台の新型トラムを発注し、それらは1934年と1935年に納入された。ウィリアム・マック・マーシャルがデザインしたその豪華なストリームライナーは、伝統的なトラムとはかなり違ったものだった。横から見ると左右対称で、設計図上の傾斜したノーズとテールははっきりとした"V"形で、ドラマチックに曲線を描いたコーナーウィンドウが側面および2階デッキと融合し、ぜいたくにも乗客の頭上にも曲面ガラスが奢られていた。

中央部に設置された下部のエントランスと階段は迅速な積み下ろしに役立ち、また最端のシートまでの距離を短くしている。座席は木製ベンチではなく、布張りで居心地がよい。 人々は新しいトラムが好きになり、新型のストリームライナーに乗りたいからと、古いトラムが来ても見送るほどであった。すぐに、愛想よく丸みを帯びたその形状から、親しみを込めて"バルーン"と呼ばれるようになった。 

1950年代には、一度、バルーンを廃止する試みがあったが、その代替品が余りにも信頼できなかったため、イングリッシュ・エレクトリック社は、急いで元に戻したほどであった。1962年から1992年までの30年間に渡り、ブラックプール・トラムウェイはイギリスで唯一残る路線であった。2012年にはトラム自体の大規模な近代化が完了し、バルーンは事実上使われなくなった。

しかしながら、トラムファンや鑑賞眼のある人々の願い通り、レストアされた数台のバルーンが今でもヘリテージ・フリート(伝統車両)として運行している。

今年これまでに、完全にレストアされたバルーンが、その導入80周年を記念し、またルフのブラックプール・トラムウェイ社存続への貢献に敬意を表して、"ウォルター・ルフ"と名付けられた。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:東屋 彦丸 Translation:Hicomaru AZUMAYA Words: Delwyn Mallett 159

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