「未レストア」真の遺産であるフェラーリ・デイトナを走らせる

Photography:Winston Goodfellow



シャシーナンバー12585のフェラーリは長いこと"レーダー圏外" にあり、ほとんど忘れられていた。それゆえ、電話がかかって来た時の私の衝撃をお分かりいただけるはずだ。電話の反対側では、エンスージアストにしてコレクターのジャック・トーマスが彼の最新の"発見品" について、興奮して話し続けていた。ジャックはその素晴らしさとオリジナル性を自慢した後にこう言った。「一緒に"カッパーステート1000 " を走らないかい?この車は何十年も人前に出ていないから、お披露目パーティーみたいなものなんだ」

こんな話を断る人間はいない。"カッパーステート1000"はアリゾナ州(と一部隣接州)の最高の道を数日かけて1000マイル以上走るラリーである。私たちはラリーの二日目に落ち合って、フェラーリの名レストアラーであるウェイン・オブリイが運転する伴走車に荷物を放り込み、先を急いだ。



このフェラーリが宝石のような価値を持つのは、まずまったくレストアされていないからだ。まさしくタイムカプセルである。しかも近年オークションで流行りの、とんでもない値段で落札されている"未レストア" の悲惨な不動車などとはモノが違う。見事なまでにオリジナル・コンディションを保ったフェラーリは自動車考古学における真の遺産だ。もともとはどのように作られたのかを判断する基準としても貴重である。ペイントは今なお本来の輝きと深みを維持しており、インテリアの革はしなやかな手触りと匂いさえも感じられるほど。エンジンルーム中の塗装やメッキの状態も驚くばかりだった。オドメーターは3万2000㎞を刻んでいたらしいが、オブリイと彼のスタッフは機械部分を徹底的にチェックし、1000マイルの旅に向けて何の問題もないことを確認したという。



最初の何時間かはトーマスが運転したが、その後運転を代わってくれた。ルーフは低いものの、ドアは大きく開くので乗り降りに苦労することはないだろう。一旦バケットシートに身体を滑り込ませてしまえば、ヘッドルームは充分にあり、前後左右の視界は上々である。何よりフロントフェンダーの艶めかしいラインが素晴らしい。現代ではウッドリムのステアリングホイールはまったく使われていないが、それは残念この上ない。

手の中でステアリングリムが滑る感触は素晴らしいものだからだ。3本スポークのウッドリム・ステアリングホイールは40mph(64㎞/h)ぐらいまではかなり重いが、そこから先は軽くなり、生き生きとしたレスポンスと充分なフィードバックを伝えてくれる。
 
磨かれた3本スポークの奥にある計器類はすべて見やすく、DOHCヘッドを持つV12エンジンは700rpmでアイドリングするが、もちろん回転を上げると途端に機嫌が良くなる。右足を踏み込めば即座にうっとりとするような反応が返って来る。2000~4400rpmで既に太いトルクを生み出すが、4本のカムが本来の仕事をするのはやはりその上だ。急き立てられるようにパワーが溢れ、タコメーターの針はまったく躊躇うことなく7700rpmのレッドラインめがけて駆け上り、カッパーステートの他の参加車を楽々と追い抜くことができる。

5段ギアボックスは素晴らしく、ほとんど力を入れずに正確にシフトできる。唯一気になったのは2速のシンクロが弱っていたことだ。それゆえセカンドへのシフトダウンは、他のギアよりも若干不確かな手応えだった。"カッパーステート1000"の魅力は、オーガナイザーがアリゾナの広大で多様な大地を存分に楽しめるように配慮していることだ。アリゾナと聞くと聳えるサグアーロや針のようなオコティージョといったサボテンが生える典型的な砂漠を想像するだろうが、実際には草原あり、森林あり、さらには透き通った水を湛える湖や雪を頂く山脈も存在する。そしてガラガラに空いている素晴らしい道路がある。そんなオープンスペースこそデイトナの真価を発揮できる舞台だ。

直進性は3桁のスピードであっても抜群だった。100mph以上でトーマスが手を放してみたが、フェラーリは矢のように真っ直ぐ走ってみせた。ミウラやディーノをからかうほど機敏とは言えないが、フロントエンジンのGTとしてはきわめて軽快である。他の車が苦しんでいたワインディングロードでもデイトナはリズム良く駆け抜けて見せた。



この車に欠点があるとすれば、それはブレーキだろう。効き自体は充分だが、ペダルフィールがぎこちなく、ストロークも長めだった。もっともジャックはブレーキの性能に驚いていた。彼はドラムブレーキのフェラーリに慣れているが、それを運転する時には、どこで止まるかあらかじめ計画しておかなければならないという。

4日間と数百マイルをともに過ごしたワンオフ・フェラーリに別れを告げるのは何とも寂しかった。興味深いヒストリーを持つだけでなく、その希少性や由来、自動車界に占めるポジション、さらには性能やコンディションまで、すべてにおいてこの上ない価値がある。何より素晴らしいのは、今なお極上のドライバーズカーであることだ。オートカー誌の表現には少しの誇張もなかった。このデイトナは「高性能車の頂点に位置する永遠の名車」なのである。


1969年フェラーリ365GTB/4 "デイトナ"
エンジン:4390cc、V型12気筒、各バンクDOHC、ツインチョークウェバーDCN20キャブレター×6基 
最高出力:352bhp/7500rpm 
最大トルク:318lb-ft(431Nm)/5500rpm トランスミッション:5段MT、後輪駆動 
ステアリング:ウォーム&ナット

サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、テレスコピックダンパー、スタビライザー
サスペンション(後):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、テレスコピックダンパー、スタビライザー ブレーキ:ベンチレーテッド・ディスク 
車重:1600kg 性能:最高速174mph(約280km/h)、0−60mph加速:5.4秒(オートカー誌1971年より)

編集翻訳:高平 高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA Words:Winston Goodfellow

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