マラネロの調教師│フェラーリの偉大なテストドライバーが語ったこと

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ダリオ・ベヌッツィは1970年代からフェラーリのチーフ・テストドライバーを務めてきた。フィオラノで会う彼はいつも物静かで、パリッとした白いシャツのボタンを少なくとも三つは外していたものだ。もちろん、288GTOもそんな彼が仕上げた作品のひとつである。

ダリオ・ベヌッツィがフェラーリに入社したのは
1971年、彼が25歳の時だった。最初はメカニックとして雇われたが、間もなく試作車部門に配属され、その後、絶大な信頼を集めるテストドライバーとして、跳ね馬のエンブレムをいただくすべての車の開発に携わってきた。彼の仕事にはプロトタイプから市販モデル、さらにはフォーミュラ1マシンまでが含まれていた。つまり過去40年間の偉大なレーシングドライバーはみな、ベヌッツィに感謝しなければならないというわけだ。




1980年代、彼はボクサー以降で初めてのスーパーカーになる予定の車、つまり288GTOをテストしていた。「試作車の開発段階から深くかかわってきたので、308のことはよく知っていた。その後、1982年か83年ごろ、新型のV8ツインターボを積んだスーパースポーツカーに関する噂が技術部門から流れて来た」

新型車は革新的な技術、すなわちツインターボチャージャーや、ケブラーとハニカムの複合材など軽量素材を採用することになっていた。「まったく新しいモデルを開発する際には、最初から形になったものをテストすることはない」とベヌッツィは語る。「別々に届くコンポーネントを、ひとつひとつテストすることから始まる。ある程度の確認が取れると、木製のモックアップでドライビングポジションを試し、それから最初のプロトタイプが造られる。最初の試乗はとても大切だ。開発の土台として優れているかどうか、テストドライバーにはたちまち分かるものだ。288GTOの時は最初の数メートルで惚れ込んでしまった。低重心であることの利点と、308よりも100kgも軽く、素晴らしいパワーウェイト・レシオを持っていることが即座に分かったからだ」

現代の眼で見れば、288GTOのパワーはそれほど興味を引く数字でもない。今では395PSはスポーツセダンの領分だ。「最高出力は288の真髄ではない。この車の真の武器、現代の標準から言ってもなお優れた特長はパワーウェイト・レシオだ。最新の車は600PSを優に超えるものもあるが、車重は288の1160kgよりはるかに重く、2.2kg/PSというパワーウェイト・レシオとは比べるまでもない」

もちろん改良が必要な部分もあった。ベヌッツィは少し押し黙った後、声を潜めて続けた。「ウェバー・マレッリの燃料噴射・点火システムをものにするには非常に長い時間がかかった。それはまったく新しいシステムで、ウェイストゲートは常に作動していた。そのため、スロットルペダルを放すやいなや、銃声のような音と炎を吹き出したものだ。現代の電子制御システムを使えば数日で解決できるだろうが、当時はウェバーの技術者とかかり切りになっても何カ月もかかった。もっともその苦労のおかげで、GTOはどんな状況でもエンジンが不平を漏らさず走る車になった」

1980年代のドライバーはターボラグにも、ターボが効き始めた時の爆発的なパワーにも慣れていた。GTOの場合も強烈なパワーが果てしなく湧き出してくる。

「爆発的にターボ・パワーを発生させることは簡単だが、私の自慢は、もっと漸進的に途切れなくパワーを生み出す車に仕上げたことだ。私の仕事はあらゆる状況で、それこそ街中からレーシングコースまで、速くしかも操りやすい車を造り上げることだ」

「当時はそれをドライバーアシストなしで実現しなければならなかった」とベヌッツィは語る。もちろんその目標を追求するのはベヌッツィひとりではなかった。

「我々は4人のチームだった。開発部門のチマッティ、エンジン担当のマウリツィオ・マンフレディーニ、そしてテスト担当が私とステファノ・ゴヴォーニ。今のフェラーリでは40人のスタッフがコンピューターを駆使して担当しているよ」

ダリオ・ベヌッツィは今なお、他の誰よりも288GTOを走らせた男である。彼のテストは、マラネロからイタリアの南端プーリアにあるナルド・テストトラックまでの長距離ドライブも含まれていた。

「今では皆が楽をすることに慣れてしまって、すぐ飛行機を選ぶが、昔は走って行ったものだ」と彼は言う。

「1km毎が経験になった。GTOを運転して何回ナルドを往復したか思い出せないほどだ。そこでは加速テストやブレーキ試験を行ったが、一度、1日のうちにすべてこなしたことを覚えている。マラネロとナルドの間の距離は900km、ゴヴォーニと一緒に12時ぐらいにコースに着いて、そのまま5〜600km走った。その晩はホモロゲーション・テストチームと一緒にレッチェのホテル・プレジデントに泊まることになっていたんだが、夕食から戻ってみると満室だということが分かり、運転して帰ることにした。疲れたらそこで泊まろうと決めたが、結局、夜中の2時ごろには家に帰っていた。一日で2500kmを走ったことになる!」
 


288GTOに初めて乗る人は、まず間違いなく低速でも扱いやすく、さらにスロットルを踏み込んでも神経質ではないことに驚くのではないだろうか。

「 市販車というものは常にいわば妥協を考えなければならない」とベヌッツィは語る。「テストドライバーはいつも"もしも…"の場合を考える。300km/hの目標も大事だが、我々の目指すものはそれをいかにストレスなく行えるかということだ。たとえばボローニャとフィレンツェの間の高速コーナーをいかにリラックスして走れるか、などだ。手に汗握ることなく走れるべきだ。いっぽうでサーキットではコントローラブルであること、それがデイトナとの違いだと思う」

「288GTOはほとんど完璧な車だ。エレクトロニクス以前の時代ではF40が完璧な車だ。GTOに加えるとしたらパワーステアリングだ。そうすればもっとダイレクトなステアリングを使えるからだ。もうひとつタイヤも見直したい。サプライヤー4社の中から選ぶことができるはずだったが、ビジネス上の理由でグッドイヤーに決まった。できれば他のメーカーのものも試してみたかった」

GTOが発表された時には記者たちが試乗に招かれたという。「ただしパセンジャーシートだったけれどね」とベヌッツィは付け加えた。「というのも、"私の車を運転したいなら、買わなければならない" がエンツォ・フェラーリの口癖だったからね」

エンツォ自身は最後にひと言スタイリングに注文をつけたという。「ある日、エンツォが試作車部門にやって来て、最初に作られた一台を見てもっと力強い、筋肉質なリアフェンダーにしてほしいと要求した。ご存知の通り、それは結局GTOの最大の特徴になったんだ」

編集翻訳:高平 高輝 Transcreation: Koki TAKAHIRA Words: Joe Sackey

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