メルセデス・ベンツ190E 2.3-16が持つレースの血統とは?

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1980年代の手頃な価格の車で、メルセデス・ベンツ190Eコスワース(正式名称ではない)のようなレースの血統を持つ車はほとんどない。DTMでの活躍がすぐに思い浮かぶが、記憶に残るレースはほかにもあった。

1984年、より安全に生まれ変わったニュルブルクリンクのオープンセレモニーとして、メルセデス主催のワンメイクレースが行われ、ジェームズ・ハント、ニキ・ラウダ、スターリング・モス、ジョン・サーティースなど、新旧のF1ドライバーが同一の190Eコスワースで戦った。そこで圧倒的な勝利を収めたのが、ブラジル出身の新星、アイルトン・セナだ。このレースは、セナの実力を知らしめた瞬間として今も記憶されている。

地味なサルーンではあったが、レースで使われるだけの理由はあった。1983年、フランクフルト・モーターショーでの発表の数週間前に、190E 2.3-16がナルド・サーキットで3つの新記録(2 万5000km、2 万5000マイル、5万km)を打ち立てていたのだ。最初からモータースポーツを念頭に開発された車ではあったが、すべてが思惑通りに運んだわけではない。

ベースとなったのはメルセデスの標準的な2.3 リッター8 バルブ4 気筒エンジンで、これにコスワースが16バルブのシリンダーヘッドを開発してイギリスで製造し、メルセデスに送った。元々の目的はラリー参戦だったが、アウディ・クワトロの登場によって別の舞台を探すこととなり、ツーリングカーに目を向けたのだ。

こうして190E は1986 年からDTMで走り始めた。当初は複数の独立チームが参戦していたが、1988年以降は5チームがワークス支援を受けるようになる。これは、メルセデス・ベンツが30年以上離れていたモータースポーツに正式に復帰する最初の兆しだった。

競争が激化する中で、メルセデスも後れを取るまいといくつかの変更を加えた。まずは1988年に、エンジンを大幅に改良した2.5-16を投入。ロードカーなので大きな変化はなかったが、排気量が2.5リッターに拡大したことで、ボトムエンドのパフォーマンスがパンチの効いたものとなった。また、出力も2.3は185bhpだったが、2.5はノン・キャタライザー仕様で204bhpに向上した。

その後も、DTMマシンの強化のため、空力面やサスペンション、メカニカル面などに改良を加え、そのホモロゲーションモデルとして、エボリューションⅠと、さらに開発を進めたエボリューションⅡを発売した。

190Eコスワースは素晴らしいレーシングカーだったが、ロードカーとしても優秀だった。たしかに、BMW E30 M3ほどレースに特化された車ではない。しかし、それがメルセデスの一貫したやり方だ。エンジニアリング面でも製造面でも抜群の品質を誇る190Eは、同時代のパフォーマンスカーの中で最も"使える"車だったといえる。控えめなルックスでは一部のライバルに劣るかもしれないが、今もなお、モータースポーツの歴史を背負う優れたパフォーマンスサルーンであることに変わりはない。

オクタン日本版編集部

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