フェラーリ250という伝説|1952年〜1965年までの18車種を徹底解説

フェラーリ250GTO



250 Monza (1954)
4気筒エンジン搭載のボディ(この場合は500モンディアルもしくは750モンツァ)にコロンボのV12エンジンを搭載したモデルで、主に耐久レースを戦った。デビュー戦となったフランスのイエール12時間レースではトランティニャンとピオッティが幸先のいい勝利を収めたが、250モンツァが好成績を残したのはこの1戦だけだったとされる。


250モンツァ(1954年) 生産台数:4台



250 GT Europa (1954-56)
これも歴史に残る1台だ。GTの名前が与えられたフェラーリ初のモデルであると同時に、仕様が共通化された最初のフェラーリでもある。外観は前年デビューのエウローパとよく似ているが、エンジンはコロンボ設計のものに置き換えられている。これは、公道走行を前提に開発されたモデルとしては初めてのことだった。エレガントなデザインのボディは、顧客の好みにあわせていくつかのバリエーションが作られたものの、そのほとんどはピニンファリーナ製だった。最高出力220bhpに対して車重は1トンをわずかに越える程度だったこともあり、GTエウローパは250GTが確固たる地位を築くうえで大きな役割を果たした。


250GTエウローパ(1954-56年) 生産台数:30台



250 GT LWB / “Tour de France” (1956-59)
250GTの基本的なスペックが固まったところで、エンツォ・フェラーリはそのレーシング・バージョンを投入する決断を下す。2600mmのホイールベースにあわせてボディを作り上げたのはスカリエッティ。そのスタイリングはフェラーリGTの理想型として広く認知されるようになる。250GTコンペティツィオーネは世界中のサーキットレース、ロードレース、ヒルクライムで数多くの栄冠を勝ち取り、1950年代半ばにもっとも成功したスポーツレーサーとの評価を手に入れる。"トゥール・ド・フランス"の愛称が与えられたのは、同名のイベントで優勝したことに因んでいる。後にホイールベースが2400mmと短い250GTインテリムが1959年のル・マン24時間に向けて開発され、計7台が生産された。


250GT LWB/トゥール・ド・フランス(1956-59年)生産台数:77台

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:Glen Waddington

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