フェラーリ250という伝説|1952年〜1965年までの18車種を徹底解説

フェラーリ250GTO



250 GT SWB (1959-62)
トゥール・ド・フランスの末期に生産された250インテリムをベースに開発された。スカリエッティが生み出した美しいボディはより現代的かつコンパクトで、実に個性的。2400mmのホイールベースを引き締まったボディで包み込んでいる。このGT SWBも歴史に名を残す1台といえる。なぜなら、保守的で知られるエンツォ・フェラーリが4輪にディスクブレーキを装着したのは、これが初めてだったからだ。ただし、リアサスペンションは依然としてリーフスプリングのリジッドアクスルだった。コンペティション仕様のアルミボディは車重が960kgちょうどで、スティールボディのルッソ(装備が豪華)は1100kg。最高出力は240bhpから280bhpまであったが、いずれも7000rpmで発揮した。デビューするやいなや直ちに成功を収め、トゥール・ド・フランス、モンツァ・インターエウローパ・カップ、そして1961年のツーリスト・トロフィーなどを制した。


250GT SWB(1959-62年) 生産台数:176台


250 GT/E 2+2 (1960-63)
これもフェラーリの"量産モデル"のひとつだが、従来に比べるとその規模ははるかに大きい。また、リアシートを設けたのも、このモデルが初めてだった。ホイールベースは2600mmで変わらないものの、エンジンを前方に200mm移動させることで居住スペースを拡大。エンジンは最高出力240bhpのドライサンプ式V12を搭載していた。


250GT/E 2+2(1960-63年)生産台数:およそ1000台



250 GTO (1962-64)
極めつけの1台。究極の250というだけでなく、人間の本能を刺激するサウンド、鮮烈なフィードバック、古典的なハンドリングなどに重きを置くフェラーリ・ファンにとっても至宝の1台といえる。市場価格も突出して高く、究極のスポーツカーと言い切ってもいいだろう。
ここからは客観的な事実を述べることにする。GTOはふたつのシリーズに分類できる。1962年〜63年までに生産された36台はオリジナル・ボディを装備。そして1964年に生産された3台は2世代目のボディをまとっている。さらにオリジナル・ボディで生産されたうちの4台が架装し直された。とびとびのシャシーナンバーが与えられたのは、規則で定められた100台が生産されたことを確認しにきた FIAの目をごまかすためだったと言われる。
開発に携わったのはジオット・ビッザリーニ、マウロ・フォルギエーリ、セルジオ・スカリエッティの3人。新車でGTOを手に入れられたのは、エンツォ・フェラーリ自身によって購入が認められた顧客だけだった。GTカーを対象とした新規則に見事に適合しており、どんなレースでも安定した強さを誇った。GTOのOはイタリア語のオモロゲーション(ホモロゲーション =公認)を指す。シャシーは250SWB、エンジンは250TRがベース。エアロダイナミクスは風洞実験によって開発され、ノーズ先端に設けられたフラップは、スプリントレースでは開いて冷却を助け、長距離レースでは閉じて空気抵抗の減少に役立てた。その戦績は、ツーリスト・トロフィーで2勝、そしてトゥール・ド・フランスでも2勝を挙げたほか、当時開催されたほとんどすべての耐久レースでクラス優勝を果たし、1962年、63年、64年のFIA GT選手権でタイトルを勝ち取った。世界中のレーシングシーンを席巻したフロント・エンジン・モデルは、この250GTOが最後だった。
当初生産されたすべてのGTOが現存している。250GTOこそは、フェラーリが傑出したスポーツカー・メーカーとしての評価を得るうえで、決定的な役割を果たしたモデルといえる。


250GTO(1962-64年) 生産台数:39台


編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:Glen Waddington

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