ランチア珠玉のコンペティションカー3台の「別次元の走り」が伝える栄光の戦績

(右)1981年ランチア・モンテカルロ グループ5、(左)1983年 ランチア 037 グループB、(中)1988年ランチア・インテグラーレグループA(Photography:Mark Dixon)

ランチアは1970年代から80年代にかけて傑出したラリーカーやレースカーを生み出した。そのうちの3台に、アメリカのクローズドコースで試乗した。

ここはサンモリーニでもなければモンテカルロでもなく、イギリス北部のキールダーでもない。ここアメリカのフロリダは、ラリーとはあまり縁のない土地といっていいだろう。しかし、この地に暮らす3台のランチアと過ごした時間は、私の人生でも最高のひとときとなった。

ランチアが生み出した珠玉のコンペティションカーを所有しているのは、アイルランド生まれでフロリダ在住のジョン・カンピオン。幼い頃にラリーの魅力に取り憑かれたジョンは、世界的に有名とはいえないアイルランドのキラニーで開かれるラリーイベントを観戦するのが子供のころの楽しみだった。彼が所有するコレクションをすべてリストにまとめたら、それこそ何ページあっても足りないだろうが、今回はそのうちの3台だけを選んでみた。すなわち、1988年の世界ラリー選手権(WRC)を制したデルタ・インテグラーレ、83年モデルでグループBの037、81年のルマン24時間でクラス優勝を果たしたベータ・モンテカルロの3台である。

まずはインテグラーレから
このモデルはランチアのなかでもとりわけ毅然とした佇まいを見せる。OZホイールを履き、ラリーのためにモディファイされたボディをマルティーニ・ストライプでカモフラージュしているとはいえ、フロントに取り付けられた4つのライトや巨大なマッドフラップがラリーカー特有の雰囲気を強く漂わせている。ただし、このインテグラーレは初期型のため、テールゲートにはスポイラーがまだ装着されていない。

インテリアもインテグラーレそのものだが、ロードカーとしての装備はすべて取り払われている。その代わりに目に飛び込んでくるのは、驚くような数のスイッチ類とトリップメーターだ。インストルメントパネルでもっとも目につきやすいのは巨大なタコメーターだが、その右側に装着されたブーストメーターも同じように大きい。使い込まれてレザーにツヤの出たステアリングホイールはワークスドライバーのミキ・ビアシオンが握っていたそのもの。そしてデジタルトリップメーターなどもすべてオリジナルで、当時はティジアノ・シヴィエロが操作していた代物である。

ビアシオンとシヴィエロ。彼らこそ本物のラリーストである。1988年シーズンのWRCで、彼らはアバルトが仕立てた4台のグループAインテグラーレを走らせた。私たちの目の前にあるのは、ふたりが1988年のポルトガルとアメリカ・オリンパスラリーを制したマシンそのものであり、1988年WRCのチャンピオンカーと目されるインテグラーレである。

所期の目標を達成すると、フィアットはこのインテグラーレをオーストラリア・ラリー・サービスに売却。これを走らせることになったチームのフィアットルクは、グレッグ・カーとコドライバーのイアン・スチュアートを起用して、1989年と90年のラリーイベントに参戦し、ラリー・タスマニアでの優勝を含むいくつかの白星を勝ち取った。その後、フィアットルクは4万ドルでこのインテグラーレを売りに出し、91年から93年にかけて広告を打ったものの、意外にも買い手がつかず、倉庫の片隅で古い部品のなかに埋もれかけていた。

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:David Lillywhite Photography:Mark Dixon

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