ランチア珠玉のコンペティションカー3台の「別次元の走り」が伝える栄光の戦績

(右)1981年ランチア・モンテカルロ グループ5、(左)1983年 ランチア 037 グループB、(中)1988年ランチア・インテグラーレグループA(Photography:Mark Dixon)



「私たちがシドニーの倉庫から引っ張り出してきたのです」とジョン。「あたりにはフォスターのビール缶やシドニー・モーニング・ヘラルドの古い新聞紙が散らばっていました!車の状態は決してよくありませんでしたが、書類はすべて残っていて、正真正銘のホンモノでした」

こうしてジョンに招かれた私たちは"正真正銘のホンモノ"と対峙するチャンスを手に入れたのである。ロールケージをまたいでバケットシートに腰掛けるのはさして難しくない。もっとも、大幅に軽量化されたドアを閉めるには勢いをつける必要がある。フロアにカーペットが敷かれていないのは当然ながら、アルカンタラ製のドアトリムに洒落たストライプが入っているのは、やや場違いではあるものの実に興味深い。

電源スイッチをオンにして燃料ポンプを回し、スターターボタンを押し込むと、エンジンはあっさり始動し、ボディ全体が小刻みに揺れ始めた。車内は決して静かとはいえないものの耳を聾するほどではなく、緊張感は抱かせてもドライバーを怯ませることはない。クラッチは重いが、カウンタックに比べればずっとマシだ。いっぽう、シフトレバーの動きは小さく、カチッとしている。クラッチを踏み、ギアを1速に送り込み、スロットルペダルに乗せた右足に軽く力を込めてクラッチをリリース。するとインテグラーレは難なく走り始めた。

耳に届くサウンドはすべてラリーカー特有のものだ。駆動系はいたるところからうなり音を上げ、むき出しのフロアに小石が当たる音が響き、テールパイプからは排気音が押し流される。しかし、それも過給圧が高まるまでのこと。その瞬間、サウンドは一変し、インテグラーレは猛烈な勢いで加速を始める。もっとも、調整式のスプリング・ダンパー・ユニットは恐ろしいほどハードで、ボディはフラットな姿勢を保ったままピクリとも動かない。たしかに最高出力は300bhpしかないが、しかし1bhpも無駄にしないで使い尽くそうとしていることが手に取るようにわかる。

トランスミッションはセンターデフにビスカス・カップリングを用いた4輪駆動で、ギアボックスはドグクラッチ式の6段クロースレシオ。オドオドと操作しているとギアは入らない。しかし、アドレナリンがわき上がってくればモンスターのギアチェンジも容易。不思議なことに、そんなときにはギアノイズもほとんど耳につかない。

数分ほどドライブしているうちに身体が車に順応し、苦もなく圧倒的な爽快感を味わえるようになる。短いグラベルコースではドリフトを楽しみ、サーキットではスロットルペダルの踏み方次第でアンダーステアでもオーバーステアでも引き出せた。ただし、いずれも低速域に限った話。森の木々や急峻なガケ、そして数多くの観客に囲まれながら、ビアシオンがいかにして高速コーナーをテールスライドしながら駆け抜けていったかは、私には依然として謎のままだった。

ラリー
ここでランチアのモータースポーツ・ヒストリーを振り返ってみよう。

古くからラリーで華々しい戦績を残してきたランチアだが、1970年代に入るとラリー専用に開発したストラトスを投入、さらなる成功を収める。ストラトスについては本誌でも何度か紹介してきたが、時代の波に揉まれるなかでストラトスの戦闘力も次第に低下。1979年のRACラリーを最後にそのワークス活動は幕を閉じた。

ストラトスよりもさらに先鋭的な037をランチアが作り上げたのは、その数年後のことだった。前述したインテグラーレが登場したのは、この037が時代遅れになってからのことである。

というわけで、どちらかといえばマイルドなインテグラーレから試乗するのは理にかなったことだった。なにしろインテグラーレは扱いやすくて底抜けに楽しいだけで、命の危険を感じることはないからだ。いっぽうの037は、あのグループBマシンである……。

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:David Lillywhite Photography:Mark Dixon

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