臆病者はおことわり | フェラーリ 375MM ベルリネッタ

Photography Hardy Mutschler & Tim Scott

フェラーリのオリジナル・ファクトリー製で、1953年ル・マン24時間レースに出場したわずか3台の競技用ベルリネッタのうちの1台である、シャシー・ナンバー「0320AM」の「フェラーリ375MM ベルリネッタ」。3人の世界チャンピオンも操ったこの名車の歴史をひもといてみよう。

1950年、創業3年目のフェラーリは、グランプリ・レース界への挑戦を始める。当初はジョアッキーノ・コロンボの設計で2ステージ・スーパーチャージャー1.5ℓのV12エンジンを開発したものの、F1界では不成功に終わってしまう。そこで新シリーズのエンジン設計を担ったのは、当時まだ20代中盤のアウレリオ・ランプレディだ。スーパーチャージャーを捨て、より大きく、ストレスの少ないエンジンに舵を切ったのは彼の提案だと言われている。



1951年ブリティッシュ・グランプリにて、フェラーリは初のF1優勝を飾る。続いて、アルベルト
・アスカリの運転でニュルブルクリンク、モンツァの大会でも優勝。フェラーリはF1界で無敵の覇者に登り詰めた。

1953年に入り、フェラーリは、スポーツカー世界選手権には大型V12エンジンが最適だと確信したという。そこで創設者エンツォ・フェラーリは、6月のル・マン24時間レースにむけて、ピニンファリーナ社製ベルリネッタ(高性能屋根付きクーペ)型ボディを採用したTipo 342アメリカ・スポーツカー・シャシーに、大型V12エンジンを搭載するよう指示した。こうして生まれたのが、シャシー・ナンバー「0320AM」を含む3台のベルリネッタだ。





4.1ℓエンジンを搭載した「0320AM」は、ル・マンでデビューを果たした。レース・ナンバーは「14」、ドライバーはマイク・ホーソーンとジュゼッペ・ファリーナだ。しかし、12ラップ後に2位に浮上したものの、ピットストップでブレーキ液を追加したために失格。ル・マン後には4.1ℓエンジンが取り外され、ボア径を84mmに広げた上で375MMエンジンが搭載された。その後、「0320AM」はペスカーラ12時間レースで優勝を飾る。ドライバーはマイク・ホーソーンと、ウンベルト・マリオーリだ。また、10月にはカレラ・パナメリカーナ・メヒコで6位を収めた。このレースでマリオーリが操った区間は平均時速138mph(時速約222km)を超え、この公道記録はいまだに破られていない。この成果により、フェラーリのファクトリーは、1953年世界スポーツカー選手権のマニュファクチャラー・チャンピオンシップを勝ち取った。さらに、マリオーリと「0320AM」のコンビは、12月にグアドループで開催された1953年世界スポーツカー選手権の最終レースでも優勝を収めた。



ちなみに、フェラーリは全部で26台の375MMマシーンをビルドしたが、純粋な競技車はもちろん、ベルギーのレオポルド国王や、映画監督ロベルト・ロッセリーニと女優イングリッド・バーグマンのためにビルドされたクルマは大きな注目を集めたという。

1953年のレース・シーズンを終えて、「0320AM」は1954年に米国に輸入された。数々のエンスージアスト達の所有を経て、1976年8月にはモンテレー・ヒストリック・レースにて優勝。ペブルビーチ・コンクール・デレガンスでも該当クラスで優勝を飾っている。

1999年には英国のエンスージアストに渡り、2000年6月4日には、ルイ・ヴィトン・コンクール・
デレガンスにてベスト・オブ・ショーを受賞。2006年7月に現オーナーであるポール・ヴェステイの手に渡り、1953年ル・マン参加当時と同じ外観にレストアされている。



現オーナーのポールが語る。「キーをまわすと、(ジャガー)Dタイプ・エンジン2つ分のような音がする。もちろん、ベルリネッタのボディに搭載されているのは4.5ℓのグランプリ・エンジンだ。それだけ、いろいろな音が大きく響いてくるんだ。」

「マイク・ホーソーン、アルベルト・アスカリ、ルイジ・ヴィッロレージ、ウンベルト・マリオ
ーリ…。このクルマをどんな名ドライバーが運転してきたかと想うと、首筋の毛まで総毛立つね。」

このベルリネッタは書籍『Ferrari: The Early Berlinettas; Competition Coupes / Dean BatchelorPublications, 1974』の中で「臆病者には向かないクルマ」と表現されている。アグレッシブ、勇猛、そして速い。登場当時に冠された賛辞が今でもふさわしい、素晴らしい名車だ。


1953年フェラーリ 375MM ベルリネッタ
エンジン:4493.73cc、V型12気筒、SOHC/バンク、ウェーバー製 IF4C 40 キャブレター4基
最高出力:350bhp/7000rpm
最大トルク:300lb ft (41.4kgm)/5000rpm
変速機:4段マニュアル、後輪駆動
ステアリング:ウォーム・アンド・ホイール
サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン式、トランスバース・リーフ・スプリング、レバーアームダンパー
サスペンション(後):トレーリングアーム式、ライブアクスル、リーフスプリング、レバーアームダンパー
ブレーキ:ドラム
車重:898kg
最高速度:170mph(273.6km/h)

Words: John Starkey

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