裏庭の垂直離着陸機│飛行機のスーパーカー版 ハリアーを買う

Photography:Jonathan Jacob



「レストアには2500時間かかった」とクリスは誇らしげに語る。まずは何が揃っているかを確認し、次に、足りないパーツを探す仕事に取りかかった。大半はパイプやクランプ、シールなどだったが、コントロールロッドも外されていた。カデット隊員が指を挟まないようにするためだ。「それを手に入れるために、翼をもう1個買わなければならなかった。胴体も1個買ったよ。

今はオーストラリアにある」計器もいくつかなくなっていた。
2006年まで使用されていたシー・ハリアーのスペアとして使われたのだ。無数の小さなパーツを追い求めて、数えきれないほどの電話をかけ、あちこちを歩き回り、インターネットを漁った。納屋に眠っていた新古品のキャノピーを見つけたこともあった。



雨ざらしで褪せたペイントは、サンドペーパーで酸化亜鉛の下塗りが出るまで剥がし、再塗装はマットではなくグロス塗装とした。「そのほうが見た目もいいし、長持ちする」とクリスは話す。機体のマークやカラーリングは、ギュータースロー基地に最後に配属された時期、チン大尉が飛んだ頃のものを手書きで再現した。大尉には作業の進捗状況を逐一伝えている。尾翼のカラーは偶然にもドイツ国旗と同じ3色だ。だが、こうした仕上げの作業に入る前に、エンジンを整備して始動するという大仕事があった。

2016年3月8日、ジェット・アート・アビエーションは、現役時代のハリアーに携わった経験を持つ友人たちを招いた。ロールス・ロイス製ペガサス・ターボファンエンジンを始動する手順や、静止推力2万1500ポンドのパワーを解き放つ準備についてよく知る彼らにXZ130を託し、再始動に挑んだのだ。

その日をクリスはこう振り返った。「ノーズは納屋に入れた状態にした。インテークまで屋内に入れて、異物を吸い込まないようにしたんだ。マニュアルには、後方のスペースは100フィート(約30m)必要だとあったが、80フィート(約24m)しかなかった。思い切って35%まで回してみた。汚いスモークがもうもうと上がって、塀は吹き倒されるし、4分間で燃料を300リッターも消費した。だから今日は始動しないよ」



しかし、私はコクピットに上がることができた。マーチンベーカー製のMk9Aロケットアシスト付きイジェクションシートに座らせてもらう。コクピットはあえてレストアせず、"飛行したまま"のコンディションだが、足りなかったパーツはすべて揃っている。どこを見ても危険な香りの漂う装置ばかりだ。レーザー誘導爆弾を落とすときに使うレーザー距離計や、ハリアーの肝であるエンジンノズルの角度を変えるレバーもある。ノズルは、高圧のエアモーターを動力源とするチェーン駆動で、垂直離陸から水平飛行(「ベクター・フォワード・スラスト」)まで、様々な角度に動く。「クリアA/C」と書かれたスイッチはエアコンではない。緊急時に素早く帰投できるよう、あらゆるものを投棄して機体を軽くする機能だ。

また、生死に関わるジェットパイプの温度計もある。このリミットは車でいえばエンジンのレッドラインだ。エンジン回転が最も上がるホバリング時には、タービンブレードのオーバーヒートを防ぐため、水が噴射される。「この水がなくなったらお仕舞いだ。空から真っ逆さまに落ちるレンガも同然だよ」とクリスは言う。

ずらりと並ぶスイッチやレバーや文字盤をさらに見ていくと、一般的な飛行機にはない装置がまだあった。例えば中央の大きなプロジェクターレンズの下には、動く地図が表示される。いってみれば原始的なカーナビだ。操縦桿についたスイッチを押せばミサイルが発射されるし、写真も撮影できる。カメラはノーズの左側に格納されているので、撮影の際は左に傾いて飛ばした。しげしげと眺めていると、ウィーンというインバータの音とともに、すべての計器が点灯した。そう、XZ130は間違いなく生きているのだ。

あとは、あの怪物級のエンジンを始動できたらどんなにいいだろう。直したばかりの塀を吹き飛ばしながら、ジェット・アート・アビエーションから垂直に舞い上がって、どこでもいいから700mph(1127km/h、ハリアーの最高速度は高度0メートルで737mph)で一気に飛び去るのだ。



こんな夢想をしていた私の脳裏に、ある思い出がよみがえった。場所はブランズハッチ、たしか1970 年のイギリスGP だ。RAFはレッドアローで空を染めると、最新のハリアーをお披露目した。グランドスタンドの屋根をかすめるような超低空飛行で現れたハリアーは、ピット脇のインフィールドに着陸し、再び離陸してみせた。レースプログラムや食べ残しが舞い散り、吹きつける砂埃に、誰もが上着で顔を覆った。それでも文句を言う者のいない時代だった。

ハリアーが1機ほしいという人がいたら、今こそチャンスだ。クリスもこう話す。「私たちにできることはすべてやった。あとは誰か、次のレベルに引き上げてくれる人が必要だ」さらなる高みへと引き上げてくれるバイヤーの登場を待とう。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.)  Transcreation:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:John Simister 

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