アバルトが生み出した「フィアット124スパイダー」をシチリア島公道レースでテスト

トランクリッド、ハードトップ、ボンネットは、軽量化のためすべて薄いグラスファイバー製。シチリアのごつごつとした山並みがタルガの典型的な風景だ。(Photography:Olgun Kordal)

フィアット124スパイダーを元にアバルトが生み出したラリーモデル。これを最高の舞台、シチリア島のタルガ・フローリオ・クラシックでテストした

シチリアの小村から数キロ離れた田舎道。木陰になったコーナーが撮影にうってつけだとカメラマンが言うので、私たちはアバルト124スパイダーを木の下に駐めた。さっそくカメラマンが準備を始める。

冷たい風の吹く4月の朝だ。寒さのせいか、用を足したくなった私は、道路より低いところを流れる排水溝まで下りていった。ここなら通りかかる車からあまり見えない。

周囲を見ると、排水溝の向こう側に何か錆びついた古いものがある。エックス形の補強の型押しがある古い燃料タンクのようだ。車のパーツだろうか。近づいてみると、第二次世界大戦で使われた米軍の"ジェリ缶"だった。大きく"USA"の文字が押されている。きっと1943年のシチリア解放時までさかのぼる品だ。ドイツ・イタリア軍から島を奪還するために、ここで7500人の連合軍兵士が命を落とした。

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今は錆びに覆われたこの遺物は、ジープの後部に乗せられていた74年前に、どんな光景を目撃したのだろうか。これがシチリアなのだ。この島ではどこへ行こうと歴史から逃れることはできないのである。

戦時中を除いてシチリアで長い歴史を持つのが、島の山岳地帯を駆け抜ける公道レース、タルガ・フローリオだ。初開催は1906年にさかのぼる。幕を閉じたのは1977年で、観客が二人死亡する事故が発生したためだった。それに先立つ1973年にも死亡事故に見舞われ、世界スポーツカー選手権から外されていた。1972年に驚異的なラップタイムを記録してトップを追いかけ2位でフィニッシュしたことがあるヘルムート・マルコ(現レッドブルF1チーム・コンサルタント)は、「完全にイカレている」と言ったとか。

オリジナルのストラダーレ
しかし、いい意味でも悪い意味でも知名度の高いイベントだけに、復活するのは時間の問題だった。ミッレミリアと同様、タルガ・フローリオも現代のラリーイベントと並行してクラシックラリーとして開催されている。124アバルトのオーナーと私がディナーで初めて顔を合わせたのは、タルガ・クラシックのスタート前夜のことだ。

ケニー・シャクターは、ロンドン在住のアメリカ人アートディーラーで、所有するクラシックカーに惚れ込むあまり、仕事中も眺められるようにオフィスを改築した(編集翻訳註:シャクターのコレクションは、オクタン日本版016号で、1973年ポルシェ911カレラRSR R7の稿で紹介)。自ら認めているように、車を眺める時間のほうがドライブする時間より長い。実は、17歳のときにほんの短い間だけ124スパイダーを所有していたのだが、それ以降は30代になるまで車を持たなかったという。

「あのフィアットは二束三文で買ったんだが、家に帰る途中で壊れたよ。錆びていたせいだったのかどうかも分からない。あの頃は無知だったからね。その後は何年も車を持たなかった。ニューヨークに住んでいたから必要なかったんだ」

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curatorsLabo.) Transcreation:Kazuhiko ITO(Mobi-curatorsLabo.) 原文翻訳:木下恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Mark Dixon Photography:Olgun Kordal

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