危険な山岳を巡る47台のロール・スロイス シルバーゴースト

Photography:Jamie Lipman



一面に並ぶ傑作車両の中でも、とくに"際立つ"車が2台ある。ひとつは1908年シルバー・ゴーストで、トライアル参加車で一番の古株だ。

「シルバー・ドーン」の名で知られ、P&Aウッ
ド社によってコンクールでも満点レベルの素晴らしいコンディションにレストアされている。フィニッシュはゴージャスなメタリック・ペール・ブルーで、メッキを施した数々のブライトワークに飾られている。まるで’ 60 年代のコーギー・トイ社の模型車に生命が吹き込まれたかのようで、現実とは思えないほどに完ぺきだ。



しかしさらに意義深いのは、パウダー・ブルーの1913 年シルバー・ゴースト、シャシー・ナンバー2260Eである。1913年アルパイン・トライアルを競ったロールス・ロイス4台のうちの1台で、熱血ドライバーのジェームズ・ラドリー氏にちなみ、"ラドリー・カー"として知られている。彼は飛行機乗りの草分け的存在という冒険家で、とても豪快なタイプだった。ロンドンのメイフェア地区にあるブラウンズ・ホテルからオーストリアまで足を延ばし、シャンパンのボトルで愛車を洗礼する一方で、トライアルの山岳地帯では猛烈なハンドリングでヘアピン・カーブを制覇し、地元の人たちは目を丸くして驚いた。

ラドリー・カーの現オーナーは、ニュージーランドに移住したジョン・ケネディ氏だ。トライアル・ルートを広くリサーチして1993年と2003年のトライアルにも参加した御仁であり、ルートを誰よりも熟知している。スリーピース・スーツにタイを結び、つば広の帽子をかぶった彼は、古ぼけた本革製スーツケースを危なっかしそうに荷台に縛りつける光景がぴったりだった。少々風変わりな風貌から、ジョンを「アルプスの密告者」というニックネームで呼ぶ失敬なプレスまでいた。



念入りなプランなどを立てることなく、写真家もたじろがせるようなジョンの猛烈な性格には、ラドリー氏のスピリットが流れているようにも見える。歴史はくりかえすと言うが、1913年7月に『オートカー』誌の記者はこう記している。「トライアル全体を通してコメディのような逸話が繰り広げられた。オフィシャルのペースカーは、凄まじく性急なラドリー氏のせいで大慌てだったのだ…。氏は先導車をカッチュベルク峠でけちらし、峠の頂上でペースカーを待つべきだったにも関わらず、それより1時間も早くインスブルック市に着いてしまったのだ。」

しかし、ジョンの熱狂ぶりや太っ腹さを責めたりはできない。図り知れない価値のあるラドリー・カーに、私のようなジャーナリストが同乗するのを快諾してくれたのだ。まぁ、「快諾」は言いすぎかもしれない。自分のプライドや喜びそのものを、知り合って30 分ほどの相手にゆだねるのだ。彼がナーバスになっている様子は私にも感じ取れた。それでもなお、彼は喜んで受け入れてくれたのだった。」

「私はおおいに感謝した。こんな貴重なマシンに乗ることができるなんて、この機会をどんなに待ちこがれてきたことか。何年か前に『1911年ロンドン-エジンバラトライアル』の復路において20ゴースト・クラブに同行する幸運を得たが、それ以来ずっと、シルバー・ゴーストへのパッションをあたため続けてきたのだ。」



「この時代のアンティーク・シルバー・ゴーストの凄さは、すぐれた実用性にある。25年前にラドリー車を手に入れてからどれくらいの距離を運転したのか、ジョンに尋ねてみた。「だいたい20万キロだな。」平然とした風でジョンは答える。「ただ最初の5年間はほとんどレストアに費やしたよ。2、3 年前に、マハラジャ達とインドのラージャスターン州を旅したんだが…あれはとにかくスペシャルだったね。」

この時期の数々のロールス・ロイスと同様で、厳しい時代を生き残ることができたのは、本質的にそなわっている品質の高さのおかげであった。

「ジェームズ・ラドリーは、トライアルの数カ月後
にはこの車を売ったんだ。」と、ジョンが説明しくれる。「およそ10年間、こいつは2番目のオーナーのもとにいた。それからウェールズのブレコン近くのガレージに移ったのさ。そこでボディ後部をはずされてレッカー車として使われていたんだ。1950 年頃に何人かの兵役中の若者に買われて、その1年後くらいにフレッド・ワトソンというコレクターの手に渡った。彼がこいつをレストアして、35年ほど所有していてね。私は彼から買ったんだ」

編集翻訳:堀江 史朗 Transcreation:Shiro HORIE 原文翻訳:フル・パッケージ Translation:Full Package 取材協力:ロールス・ロイス・モーター・カーズ社、20ゴースト・クラブ、ジョン・ケネディ氏

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