危険な山岳を巡る47台のロール・スロイス シルバーゴースト

Photography:Jamie Lipman



ライアルは全セクションともヘアピン・カーブだらけだ。しかも、ジョンと私が走り抜けているあたり、つまりラリー経路でいちばん標高の高いポルドイ峠界隈は、きわめてヘアピンが多い難所のひとつだ。シルバー・ゴーストの長いホイールベースと、かなり控えめなブレーキ性能でこの辺りのヘアピンを下っていくのはとても危険な仕事である。この役をこなしてくれるのがジョンであることを、助手席で手足を突っ張って身体を支えつつ、私は感謝した。

やがて標高の低い平坦なところまでたどり着いたと判断したジョンは、クランクハンドルの前にもぐり込んだ。このエンジンは点火タイミングを少し遅らせる以外は、そのままにしておく方が良い。またステアリング・ホイール・ハブにあるもうひとつのレバーは、アイドル・スピードのコントロールだ。直列6気筒がほどよく暖まっていれば、少なくとも150rpmでアイドリングできる。けだるいアイドリングというよりも、むしろ心地よく眠気をさそうレベルである。これは便利なレバーだ。前進4 速のギアは必要ならどれを選んでもスタートできるが、デフォルトはセカンド・ギアだろう。



機関車のような強大なトルクを信じて、サード、
そしてトップへと素早く変えていく。ほめ過ぎかもしれないがシルバー・ゴーストの走りっぷりはモダンなディーゼル・ターボ・サルーンとそっくりである。トルクが乗り手を進行方向にプッシュしていく感じが、まるで波乗りをしている時の、あの感覚に似ている。

さてドライブサウンドだ。これはエンジン音よりもギアがうねる音のほうがが勝っている。低めの羽音のような機械音だが、排気音は景気よく、さらに口笛のような吸気音がそれに重なっていく。そしてクラシックカーらしくアベレージスピードを大きく左右するのは正にブレーキの信頼性だ。シルバー・ゴーストのブレーキの出来は決して悪くない。

だが賢いドライバーなら先を見越して、
アウトサイド・ハンドブレーキ・レバー(後部車輪に作用)を2、3段階ほど効かせておくことだろう。ジャンクションや鋭いカーブにさしかかる前に準備をしておけば、両手を自由に使って大きなステアリング・ホイールの操作に取り組める。足で操作する難しいトランスミッション・ブレーキは、よほどの状況でないかぎり使わずに済むだろう。

誕生から1世紀を経たシルバー・ゴーストは、実は現代の喧騒でもきわめて有能だ。1913年の『オートカー』誌は、トライアルの最終ステージにさしかかったこの車について、こう記している。

「ラドリー氏はスロットルを"弱い" ほうの4
分の1あたりで流していたが、時速70マイルに3回は達していた。しかしその度に、ペースカーを追い抜かないように手加減せねばならなかった。」

ラドリー氏がどんなにフラストレーションを感じていたかは、容易に想像できる。52時間ずっとドライバーやオブサーバーと併走してきた彼はフィニッシュ直後、明らかにそのまま全ルートを再び走りたがっていた。



実際のところ1913年トライアルで、ロールス・ロイスはチームとしては何も授賞していない。シルバー・ゴースト1台が駐車場で停車中にエンストしたために、惜しくも1点を失ったのだ。よって、授賞したのは無得点のアウディのトリオだった。それでもロールス・ロイスは実質上の勝者として広く認められることになった。それから100年を越え、心地良いエンジン音を立てながら、47台のシルバー・ゴーストがウィーン郊外クアサロンに入ってくる。ここからスタートして、16日間かけて1800マイルを走ってきたのだ。しかも本当にすごいのは垂直距離で、この車たちは急傾斜が全体の5分の1を占める過酷なルートを登り降りしてきたのだ。それも、現代の車ですら安全走行の限界とお役所が判断しているスピード域で。

ロールス・ロイスが、理想的なツアーカーになり得るかって? それは間違いなく信頼していい事実であろう。ロールス・ロイスだけが"特別"なのだから。

編集翻訳:堀江 史朗 Transcreation:Shiro HORIE 原文翻訳:フル・パッケージ Translation:Full Package 取材協力:ロールス・ロイス・モーター・カーズ社、20ゴースト・クラブ、ジョン・ケネディ氏

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