チャーチル、アイゼンハワーを乗せ、モンティ元帥が愛した「ロールス・ロイス・ファントムIII」の数奇な物語

1937年ロールス・ロイス・ファントムIII(Photography:Tim Andrew)



航空技術を採用
バトラーがジョンクロール&サンズに発注したファントムIIIは、他のファントムとはまったく異なる、特異なフロントウィンドウ形状を持つエアライン・リムジンボディだった。バトラーは自身の航空力学の知識を用いて、ちょうどマイルスのファルコンメジャーやボーイング247Dのような、空力的に数多くの長所を持つ逆スロープのV型スプリットフロントウィンドウを思いつき、その特別誂えのボディはジェフリー・デ・ハヴィランド自身がデザインした。彼はこの車をデ・ハヴィランド社の風洞に持ち込んでテストを行った結果、逆スロープのフロントウィンドウが夜間の操縦者への反射を軽減し、また悪天候の時に水滴を吹き飛ばし、かつ空気抵抗が最大15%軽減されることを証明した。

このデザインはデ・ハヴィビランドのライバルであったマイルス社のM3ファルコン、M11ホイットニーストレイトやM7ナイトホークなどの単発単葉機、またボーイング247Dのような大型双発機にも採用されていたが、不思議なことにデ・ハヴィランド社製の飛行機ではこれまで逆スロープを採用したことはなかった。1935年9月にデ・ハヴィランドは、ロンドンの北にあった同社のハットフィールド飛行場をスタートとゴールとする、キングスカップエアレースを主催した。このレースでは、マイルスファルコン6とその他いくつかのマイルス製逆スロープフロントウィンドウ機が勝利し、マイルス社は逆スロープが5mphは速度を向上させたと宣伝した。

スペシャルコーチワーク
1936年11月16日、ダービーのロールス・ロイス本社で、出荷前のテストを終えたファントムIIIシャシー(ステアリングコラムのポジションを低くしてある)は、4日後にロンドンのフルハムにあったロールス・ロイスのロンドンデポから、コーチビルドを担当するミュリナーにデリバリーされた。「車体:4ライトサルーン、特製V形状フロント逆スロープウィンドウおよび、裾を引いたスイープテール、ルーフに沿ってフェイドアウトする隆起線」と10月29日付の製造書類にある。

ボディは、ルーフからトランクリッド/テールへ柔らかな曲線が回り込む、いわゆるエアラインシェイプとなる。リアのホイールアーチには、ウエストラインのAピラー基部と同様の稲妻を模ったクロームフラッシュのついたスパッツを添えた。ボディの価格は970ポンド、シャシーの価格は1480ポンドであった。航空機の匂いを最も感じさせるのは、ダッシュボードに備えられた7000フィートまで刻まれたスミス製アネロイド式高度計だろう。完成車はロンドンの登録番号DUV553で登録され、1937年2月8日にバトラーに納車された。

今回の取材では、空力的なボディの長所を確認することができた。運転したのは、歴史的ロールス・ロイスとベントレーのスペシャリスト、P&A Wood社のポール・ウッドだ。同社は、ロールス・ロイスの新車発表に合わせてロンドンで開催された「偉大なる8台のファントム」展、およびペブルビーチ・コンクール・デレガンスに出品するため、このファントムのレストアを手掛けている。

「有利な点はクリアーな視界と少ない反射だ。前席に収まれば車の前方には素晴らしい眺めが開ける。ドライバーは車体の隅を視認でき、そして自分が道路のどこにいるのかを正確に知ることができる。これは確実に通常のボディを持つファントムより優れている」と、ウッドは語っている。

編集翻訳:小石原 耕作 Trascreation:Kosaku KOISHIHARA(Ursus Page Makers) Words:David Burgess-Wise Photography:Tim Andrew 取材協力:P&Aウッド(www.pa-wood.co.uk)、「8台の偉大なファントム」展(2017年7月27日〜8月2日、ロンドン)

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